月別ログ_2006年06月分
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フェミニストの野望 (2006/06/30)
体育着替え 公立小学校の6割強で男女同室 文科省調査

 全国の公立小学校の6割強で体育のための着替えを男女同室で行っていることが、文部科学省が行った「学校における男女の扱い等に関する調査」で分かった。調査では男女同室での宿泊など一部に問題があることも分かり、同省は30日、「児童生徒に羞恥(しゅうち)心や戸惑いを感じさせる恐れが大きい」として都道府県・政令市教委に対し、是正を求める通知を出した。
 調査は、「学校に行き過ぎた男女平等の考え方がある」との保護者らの指摘を受けて初めて行った。全国の公立の幼稚園、小中高校など共学の約4万4000校が対象で、男女同室での宿泊や身体検査など7項目にわたって05年度の実態を調べた。
 体育時の着替えを男女同室で行っているのは小学校では62.97%、中学校の7.49%、高校の1.12%。林間学校やキャンプなどで男女同室での宿泊は小学校の1.55%、中学校は2校で、高校はゼロ。
 身体検査を同室で行ったのは小学校の16.4%で、5年生以上や中高はなかった。男女同室で水泳の着替えをしていたのは小学校の低学年を中心に45.26%で、中高はゼロだった。また、運動会や体育祭で男女混合の騎馬戦を行ったのは小学校の4.28%、中学は29校、高校は2校あった。
 文科省は「着替えは男女別室が基本。空き教室を使ったり、なければついたてやカーテンで仕切るなどの配慮を求めたい。男女混合の騎馬戦も身体接触を不快に思う児童生徒がいるなら、教育上必要はない」と話している。

なんだってさ。

うん。

なんかたまに思うのだけれど、やたらと大人が子どもの環境について過剰に保護してるのもアレなんじゃない。

「児童生徒に羞恥(しゅうち)心や戸惑いを感じさせる恐れが大きい」

そうだけど、まあ羞恥心はあるにせよ戸惑いを感じさせる恐れがあるのだろうか?

少なくとも、男女同室で着替えをしていた僕の小学生時代は誰も戸惑う人間はおらんかったが・・・。

まあ中学は同室だったけれども、先に女子が着替えて男は外で待ってるのが多かった。

高校のころは結構同時に着替えていた気がする。

僕もみんなも男陣は結構堂々とトランクスいっちょになっていて、むしろトランクスのまま授業に出ても構わない勢いだった気もする。

中高はプールの授業はさすがに更衣室があった気がするが、まあ実際プールの授業無かった気もするが・・・・プール汚すぎで。

小学生が男女同室の着替えがなくなるってことは当然、

着替えの技術も無くなる

ということだろう。

誰が最初に思いついたかは知らないが男女同室で着替えることにおいて必ずある一定の技術が採用される。

だいたい男は小学生のころ、ブリーフなのでブリーフの状態から直に水泳パンツを履き、うまいこと下にあるブリーフを抜き取っていた。

女の子は中学高校ともだいたいがカッターシャツの上から体操着を着て下に着ているカッターシャツを上手に抜き取っていた。

こういう技術的なものはこれから一切なくなってしまうのだろうか。

男女同室で着替えていて、恥ずかし辱められの実感が無くなってしまう。

まあ、別に良いんだが、それでも。

まあそんなことやってるより、そんならば年少者の性への目覚めを加速的に助長する性情報の氾濫をまずどうにかしたほうが良いと思うのだが・・・・。

まあ、別にやらなくて良いんだが、それでも。

だってもう僕にはあんまり関係ないことだし。
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レンタル (2006/06/29)
久しぶりにゲ○で映画でも借りてこようと思った。

ALWAYSが観たかったんだけどまだ1週間借りれないみたいなので結局CDを借りることにした。

なんかちょくちょくレンタル系の店はキャンペーンなんかをやっていて、どうやら今日もやってたみたいで、レジには2枚持って行ったんだけど

「もう一枚借りても同じ値段なのですが、どうしますか?」

と。

まあそう言われると借りんともったいないので借りるのだけれど、ふと思ったのだけれど、あれってキャンペーン中はどの店員さんも言ってるものなのだろうか。

たしかゲ○は4本ビデオ借りても5本ビデオ借りても同じ値段なのだけれど、あんまそのことを考えずに借りて、店員さんに何も言われず帰ってから後悔することがある。

だからもしかしたらその4・5本同じ値段の下りを言わない人はキャンペーンについても何も言ってくれないんじゃないだろうか。

僕の経験から推測してみると決まって親切に教えてくれる人は外見から優しい感じをかもしている女の人。

男の人には結構ぞんざいな扱いをされている気がする。

僕が男だからか?

GS美神を今さら集めてるからか?

まあ別に良いんだが・・・。

でも助言をしてくれる店員さんには感謝。

まあ特に何にもなかった。
溢れ出す疑惑 (2006/06/28)
そういやサッカーについていろいろ疑問に思ったんだけど、

1・世界戦で各国を代表してるのに外人監督たぁいかがなもんか。

良いのか?

それで良いのか?

腐っても青き「サムライ」っていう肩書きが付いてしまったのに良いのか?

まあキムチ大国韓国の言うように「サムライ」の語源が韓国にあるのなら韓国の監督でも良いんだけど(まあ信憑性は・・・・というか怪しすぎるが・・・)。

あと、ジーコとかトルシエは何年も日本の監督やった経験がありながら最後まで日本語しゃべらないっていうのはどういう了見なんだ?

まあカタコトで

今回ザンネン、トテモカナシイ

と言ってるのもアレなんだけれど。

2・サントスって

やっぱりロベカルに憧れてるの?

あのワンマンプレーっぷり、まあアレなんだが・・・。

英語圏に行くとイングリッシュネームっていうのがあるように、サントスも日本人になったんだし、まあジャパニーズネームを付けたらどうだろうか。

三都主はちょっとなんか・・・意味がよくわからん。

3・宮本って

なんでキャプテンなの?

プレー云々はともかく、あの試合の途中で負け試合を確信させる

「あーもうやってらんないよ、はやく試合終われよ。早くシャワー浴びてビール飲みたい」

的な苦悶の表情・・・・それで良いのか、キャプテン。

もっとポーカーフェイスのやつの方が良いんじゃないだろうか。

関係ないが、宮本関係でもう一つ疑問があって、最近本屋さんも夏の文庫セールで新潮文庫かなんかの文庫本に

心に届いたこの一冊

的な内容の文章と共に宮本の顔が写真で載ってる。

宮本というかまず、異常なほど多い

心に届いたこの一冊

的なアメリカナイズドな一発が記された本にも

「そんないっぱいあるのかよ」

とは思うが

あえてそこで宮本っていうのもよくわからん。

何?

宮本さんは読書が趣味っていう一般的認知をされてるの?

そんでもって全部が全部

宮本+心に届いたこの一冊

だもんで妙にうさんくさい(まあ誰が載っててもそうなのかもしれないが・・・)。

例えるなら、店頭でよく見かける「あさのあつこ」の書いた「バッテリー」とか「ザ・マンザイ」(読んだことないけど)も、さわやか青春小説っぽいタイトルなのに「あさのあつこ」って書いてあるので妙に怖いような気がする感じ。

どうせならもっと説得力ある人を載っけた方が良いんじゃないだろうか?

4・いつのまに

サッカーっていうのはこうも人気を得たんだろう・・・?

たしか僕がまだ中学生・小学生あたりでカズとかラモスとかJリーグが流行って、それから消沈したような気がする。

そしたらいつまた再興したんだろう・・・・。

知らない間にものすごいことになってる。

ものすごいことっていうのは例えばオーストラリア戦の後に起こった群衆爆発な展開とか(たしかニュースでやっとった)。

もう、サッカーサッカーになってるし僕も他に比べたら軽度なもんだが影響はある。

メディアの影響なのかそれとも別のなにかなのか・・・・。

まあ別に良いんだけど。

5・日本と韓国の違い

っていう記事があった(ちょっと見失ってサイトがどこかわからんくなったけど)。

その違いは「勝利への執念」だそう。

僕は違うと言いたい。

どちらかと言えば

「勝利への執念」というより「自由への逃走」

だ。

軍役あるからね・・・・・免除に必死ですよ。

これからは日本もスポーツ選手に限っては軍役を科してみるのはどうだろう。

一応好きなことやって稼いでる(まあプロは特に)ので。

そんで世界戦で活躍すると兵役免除。

冬季五輪で言えばイナバウアーの人(名前忘れた)だけは免除みたいな。

スポーツ選手なだけに卓越した身体能力があるだろうから軍入ってもなかなかよさげだし。

どうだ、この案は。

まあ自衛隊っていうのに政治的な問題が絡むけど、そんなもんは法律変えてまえば良いし、僕と一緒で政治家自身には関係ないし。

そしたら今以上にアレなんじゃない、活躍する機会が増えるんじゃない?

まあかなり非難は強いだろうから、小泉さんみたいなカリスマ政権を築かんと無理やろうし、今の小泉さんはもう腑抜け親父になってるのでどうにもならんからなかなか難しいな。

もっと日本の経済状況、もしくは安全神話がことごとく打ち壊されて、みんなが「自由からの逃走」によってカリスマ政治家の一党独裁をファシズム体制確立

とかせんと無理やな・・・・やっぱり。

関係ないけど、小泉さんは腑抜けて非難囂々になってまったけど、

「やることやったから後は若い衆に任せるぜ、おまえら」

みたいにやることやって早々に辞任(解散権が自由に認められてるという解釈が正しいなら辞任権もあるやろう)したら結構ドラマやアニメでありがちなおいしいところをもってく役としてまだ良かったような気がする。

話逸れたが、サッカーはゲームでやるのが一番だと僕は思う。
地下鉄のメロディ (2006/06/27)
今日、地下鉄で改札に入り、階段を降りていると階段を降りてすぐのところでおばあさん同士が会話しとった。

でもどうやら様子は変な感じで二人はどうも知りあいじゃないようで話しかけられてる人は遠くに行ってしまった。

まあどうせ、見知らぬ老人同士友好関係深めてるありがちな光景やろうな・・・・

と思って階段を降りきったとき、そのおばあさんが僕に話しかけてきた。

どうやら僕は予想外なことがあると一端静止する傾向があるようで、どうやらおばあさんは僕が静止したことがコミュニケーション開始の合図だと思ったらしく一方的に話しかけてきた。

無視してしまっても別にかまわない状況なのだけれど、あまりにも一方的な展開で、例えるなら警官が何もしてないのにやたらとしつこく身元を聞いてくる冤罪落ちのシチュエーションだったので、僕にも無意識に

「動いたらあかん」

という強迫観念があったのかもしれんけど、とりあえずただただおばあさんの話に相づちを打つだけだった。

話の内容としてはただひたすらおばあさんが今日は暑いからちょうど階段の下のこの位置が一番風が吹き抜けて気持ちいいっていうことで、僕はただ相づちだけしとった。

隙を付いて逃げ出せたけれどおばあさんはその場で階段を降りてくる人を狙って一方的な会話をしていた。

まあみんな無視だったけど。

ほんでどうやらおばあさんもそれが非建設的なことだと悟ったようであきらめた。

そんで、こっちに向かって鼻歌(演歌っぽい)を歌いながらやってきた。

もしかして、僕は唯一立ち止まって話を聞いてくれたからまた話しかけたら聞いてくれるかもと思ってこっちにきたんじゃないか?

とものすごい嫌な予感がした。

そんでもってそんな嫌な予感が確信に至っていくようにおばあさんはこっちに鼻歌交じり(演歌っぽい)で近づいてくる。

どうしようどうしようどうしよう・・・・

一つ名案が浮かんで、僕はカバンから本を取り出した。

村上龍の「希望の国のエクソダス」。

本でも読んでればさすがに声はかけづらいだろうと。

この作戦が効いたらしく、おばあさんは僕の近くに座っただけで話しかけてこなかった。

そんでも鼻歌(演歌っぽい)は歌っとったけど。

ただ、問題だったのがこの村上龍のちょっと退廃的な作品と鼻歌(演歌っぽい)が相まって、ものすごい変な気分になった。

軽くサイケデリックになりつつも、電車がきたのですかさず乗った。

地下鉄の都市伝説に出くわしたのかは分からないけれどとりあえず、階段降りたところで待ってるおばあちゃんには要注意ということは分かった。
巷のサンドガール (2006/06/26)
世の中はきっと綺麗な首飾りで

その首飾りは近くで観ると傷ついてる。

結局のところ鑑定士に見せたら

たぶんあまり価値のあるものでは無いのだろう。

それでもみんな見栄えが良いから首飾りを首にかけて

遠くから美しさを装っている。

み~た~い~な~。

結構うまくできたんじゃないか・・・・意外に。

例えばこういう、なんか詞じみたモノ(うまく説明はできんが・・・)ってよくあるでしょ?

要は何かしらの意図をもってこう吟遊詩人ホメロス的なモノを書いている人。

それは、自分の意図を知ってもらいたいのか、それともその詞じみた何かを誰かが読んで、その何かをその人自身に解釈を任せているのか・・・。

理由はどちらにせよ、例えば椎名林檎とかゴダールとかが書いたとかならともかく、全く見知らぬ、もしくは多少は見知った人間のそれは結構アレなもんで、

一歩引いて見てしまうなんてことが結構ある。

いや、椎名林檎であろうと「何が言いたいのかよくわからんな・・・」っていうこともあるので、アレなんだけれど。

つまりは、狂うにしろ、夢想するにしろ、比喩するのにしろ、何かしら前提が必要だと思う。

なかなか詞オンリーではかなり分かりやすいものじゃないとどうにもならんのじゃないだろうか・・・。

そこらへんが安部公房のすごいところなんじゃないだろうか・・。

というわけで安部公房の「砂の女」っていうのを読んだ。

あまり感想を書くとこれはすぐネタばれするだろうし、かなり有名な作品だそうなので読んだことある人は多いから言わないけれど、

安部公房はものすごく文章がうまい。

というか、ものすごい僕にとって好意的な文章を書いてて、本来難しい感じなのに、苦になるとかがなかった。

ところどころで、主人公は苦悩しながらも、ある境地に達していくんだけれど、そこらへんの話がたぶん安部公房が現代社会(安部公房が生きてた当時の)に対して時に批判的な意図を持って書いていたのだろう。

終わりはちょっと「星新一」っぽい感じで終わるし、不思議な世界観なわりにはものすごく写実的というか実際あるんじゃない的な感じですごい。

とりあえず次は「壁」も読んでみたいと。

モノの執着は愛 (2006/06/25)
昔から何かにつけて執着する癖がある。

執着というより固執っていう言葉を使った方が良いかもしれないが。

最近本を読んでいて

ぷりぷり

っていう言葉が出てくるとたまらなく愛おしく感じる。

ぷりぷり怒る

なんかよく分からんけどかわいらしい。

時代は「ぷりぷり」なのである。

二人はプリティでキュアキュアなのである。

昔から、ある特定の響き、においなどなどいろんなよく分からんものが好きになったんだけれど、絶対僕だけじゃないはずだと思う。

小さいころは

ガソリンスタンドのにおい



紙が焼けるにおい

が好きだった。

理由は分からないけれど、とにかく好きだった。

今でも分からん。

でも昔はガソリンスタンドに行けば窓を開けにおいを嗅ぎ、家のゴミを燃やす時は、紙類だけ集めて燃やし、においを嗅ぎ、なんか無性に好きだった。

もしかしたら小さい子どもは嗅覚から発達するんじゃないだろうか・・・・。

友達に油性ペンのにおいを嗅ぐのが好きなやつがいた。

そいつはマッキーのにおいが好きだった。

たぶんそれはただのジャンキーだと思う。

中学高校はやたらと音が好きだった。

音楽じゃなくて、十円玉が地面に落ちるときの金属音とか、水が流れる音とか。

そういえば高校のころ、授業中にお金を落としたやつがいて、「おかめ」って生徒から影で呼ばれるほどの人気のある英語の平安京エイリアンなティーチャーがぶちキレて

お金は必要ありません!!

って叫んだそうだ。

そんでそんな平安京エイリアン「おかめ」にものすごい似てた生徒は影で「小かめ」って呼ばれるほどの人気ぶりだった。

たぶん、それとは全く関係ない。

ほんで現在はもっぱら「ぷりぷり」だ。

とにかく理由はないんだけれどなんか好きな変なものっていうのはある。

「オレ、自分と好きな子のうん○だったら1時間はにおい嗅いでられる」

と自負していた僕の知人。

たぶん僕の執着と同じ原理なんじゃないかと思う。




どうもこんばんは。

もうすぐ今読んでる本が読み終わるので(まあまだ読んでない本はあるけど)本を買ってきた。

村上龍「希望の国のエクソダス」

みうらじゅん「アイデン&ティティ24歳/27歳」

村上龍はほんとは「愛と幻想のファシズム」が欲しかったんだけれど、店頭に下巻しか置いてないっていう、古本屋みたいなノリだったのであきらめた。

ちなみにたしかどっちの作品も日本経済が破綻する寸前で・・・っていうやつ。

みうらじゅんのは前読ましてもらったし映画も観たで特に買う理由はなかったんやけど、なんか手元に持っておきたかった。

ストーリーとかより、主人公の彼女のように諭す人間とボブ・ディランみたいに批判する人間っていうのはどこらかしこで誰もが望んでるような気がする。

まあ片一方ずつならともかくなかなか両方ともっていうのは稀少やと思うけど。

そんな感じ。

3000円分の図書券を手に入れたので近いうちに全部使ってしまおうと思う。
修行と苦行が好きだった (2006/06/23)
前なにかの本で読んだのだけれど、基本的に日本人っていうのは

修行

とか

苦行

という言葉が好きな人種らしい。

何かを得るためにはそれなりの代償を伴うっていう日本人感が影響しているのかどうかは分からないけれど僕が一つ言えることは

少なからず鳥山明が関係してる

と思う。

ドラゴンボールである。

主人公たちは物語の中で何度も何度も腐るほどに修行を重ね、己の肉体を鍛錬し、強い敵を倒していく。

当時の幼かった僕らにしてみればこの「修行カッコイイ」の影響力は計り知れない。

当然、「修行」という言葉は頻繁に使われた。

なんでも修行である。

トレーニングなんていう欧米列強の科学的な鍛錬法では決しない。

死ぬまで理論に基づいた気合いと根性によって身を粉にする作業だった。

田舎の子どもはやたらと秘密基地を作り、いつ襲いかかってくるか分からない基地侵略者を仮想し、日々修行を重ねた。

僕らの秘密基地は山の頂上付近にあったので、ちょっと崖っぽいところを修行場所に決めひたすら登った。

頭から落ちたこともあるが、今思うとアレは危険だ。

しかし、やたら修行という言葉を使っても、日々見えないところで自分の成長を感じれる年でもないので当然飽きてやめてしまう。

まあそれでも良いのである、どうせ「修行」という言葉が使いたかっただけなのだから。

ドラゴンボールにおける「修行」に関連してか、僕たちの間では師弟関係が少し流行った。

すごいヤツが師匠で他は弟子だ。

ここらへんはもしかしたら欧米ではマスター・パダワン関係なんだろうか・・・・?

僕らの間ではスターウォーズは流行ってないからわからんが・・・。

たしかにドラゴンボールでは亀仙人・鶴仙人・カリン様・ミスターポポ・神様・界王様とまあ色々師匠的な存在が出てくるが、「師匠」という言葉が出てきたか覚えてない。

「弟子」という言葉は出てきたかもしれないが、そんな弟子たちは○○仙人とか「師匠」という言葉を使わない呼称を使っていた覚えがある。

はて、それでは「師匠」という言葉はどこからきたのだろう・・・・。

僕が思うに

らんま1/2

じゃなかろうか・・・・。

もう最近ずっと「らんま」な感じだ・・・・。

ものすごい影響力 (2006/06/22)
僕らの年ではたぶんストリートファイター2というゲームがものすごい影響力を持っていたような気がする。

小学生のとき出て無我夢中でやっていた。

こういうとき兄弟がおると便利なもんで、友達が家に来てなくても対戦が可能。

昔はコンボっていう概念がそんなには無かったのだけれど、キャンセルはあった。

だいたい強パンチ→波動拳とか。

そんなこんなで、そういうことを知っている兄の方がべらぼうに強かった。

いとこのまだ幼い赤ちゃんが最初に親に迷惑をかけたのが

夜寝静まったころに親に波動拳っていって打撃して起こす

というもので、たぶん僕らの影響だろう・・・。

もうその当時、まさにストリートファイター2ワールドだった。

学校では四天王と名付けられたやつらがおったし、デブはだいたい影ではエドモンドと呼ばれていた。

話は変わるけれど、今考えてみるとストリートファイター2の人種感っていうのは恐ろしい。

もう、偏見というか先入観というか、もう突飛な感じだ。

アメリカ人 → 金髪・黒人

中国人 → チャイナ服

日本人 → 相撲・歌舞伎

とかはまだなんかかわいいもんで

インド → ヨガ

とかブラジルに至っては緑・野人だ。

しかもインド→ヨガなんてもうアレでなんでもヨガ付ければOKな感じで手が伸びたりテレポートしたりもする。

そんなキャラクター性の影響力はバカにできんもんがあって、現在でも

僕はインドって聞くと

それなんてダルシム?

やらで、まさにストリートファイター世代だと思う。

まあ面白くもないでこんなところでええか・・・・。
コロ助 (2006/06/21)
ふと思ったんだけれど

キテレツに対してコロ助が

「ふん!キテレツは人間だからいいナリ、コロ助はロボットだからどうしようもないナリ」

とか結構卑屈な想いをする場面て度々あるような気がする。

例えば大好きなコロッケ(という設定をされて作られて)を食べても、さすがに味覚も無いだろうし、満腹感はあるのだろうか・・・・もし食物がそのままエネルギーにできる構造になってたらその可能性はあるだろうけど。

そんでもキテレツ斎は江戸時代かそこらの人やで、まあ所詮エネルギーについてもそんなすごいことできんやろうけど・・・・そこまで言うとなんか思考することすら難しいのだけれど。

まあ、人間じゃないということでそれなりの差別は受けると思う。

あなたはロボットだから

結局あなたはロボットなのよ

ああ、あいつ・・・・ロボットだから・・・

え?ロボットのくせに飯食うの?

何このロボット、むかつくわ・・・

度々そんな目で見られることもあっただろう。

そんでもって語尾に「ナリ」だ。

べんぞうさんは語尾に「ダス」だけれど、これは至って問題ない。

別に言わされてるわけではなく、自分の意思で

語尾に「ダス」って良くない?かっこよくない?

もし流行ったらモテるんじゃない?

と苦学生の典型だから。

でもコロ助は違う。

あくまで作られた設定なのである・・・キテレツ一族に。

それはもしかしたら

どうせ人間じゃないんだし「ナリ」とか言わせてみよう

まあ、ロボットだから・・・・区別させないとな・・・

的なロボットなだけに非人道的で実験的な感じだ。

それをたぶんコロ助はひしひしと感じているはずで、それだけに

「自分はロボット」

というコンプレックスを抱いているはず。

キテレツ「あ、みよちゃん、今から遊ばない?」

みよちゃん「あ・・・でも・・・・コロちゃんが・・・・」

キテレツ「ああ、気にしないでいいよ・・・大きな声では言えないんだけどさ、あいつどうせロボットだから・・・・、まあオモチャだね、オモチャ」

もう置物化である。

そんでもって

キテレツママ「え?コロちゃんにもご飯作るの?もう、うちの家計もそれほど豊かじゃないのよ、なんでロボットなんかにご飯食べさせないといけないの?」

キテレツ「でも・・・しょうがないよ。作ってみたらそういう設定だったんだから。僕のせいじゃないよ」

キテレツパパ「まったくあのロボットめ、とんだ穀潰しだ!」

一歩間違ったらこんなんだ。

ドラえもんのように役には立たず、コンピュータにもなりきれず、

そんでもって相手を倒す力もない。

こんな思いをするためにコロ助は自分が生まれたんじゃないと思う。

でも、現実は否定できない。

自分はロボット

役には立たない穀潰し

こんな劣等感を携えてコロ助は今日も行く。


付記

スライド・プライド (2006/06/20)
関係ないけど、フライド・プライドっていうデュオのユニットおるね。

僕は聞いたことないけど。

前にも言ってたんだけれど、最近ボトルネックにはまってて、楽しい。

そんでスライドギターライフのための一式をいろいろほんとは揃えたいのだけれど金が無い。

ちなみに僕がスライドしてみたいと思ったのは



このブラックレベルモーターサイクルクラブの曲が格好良かったから。

ちなみに僕はいまだに、この人らのメンバー構成というかどいつがギターとかの区別が付いてない(曲によって歌ってるやつたぶん違うし、この動画のベースはサポートやろうけど、いつもベース弾いて歌うやつがたぶん左っかわか・・・・もうようわからん)。

そんでもって、暇つぶしにエリック・サーディナスっていう最近スライドバーでグイグイいっちゃってる人の動画を観た影響から・・・。

そのときの動画↓



たぶんビールの宣伝だと思うんだけれど、この人ライブでもビール瓶使って酒飲みながら弾いてたりしてる。

ほんでつまり僕が言いたいのは

dobro100.jpg


こういう形のギターが欲しい。

これスライド用のギターでリゾネーターギターとか言うんやけど、代表的なのはDOBROってやつ。

もう名前からして、開拓時代のアメリカの臭いがするんやけど、一般的に反響が強くなるように金属でボディができてる(ネック部分は木)。

ボディが木のやつもあるんやけれど、どのみちエレキギターより重い。

ちなみにスライド用のギターはどうやらボトルネックを使いやすいようにネックが広めらしいね、僕が持ってるファイアーバードも元々スライド用のギターだったみたい。

そんでボトルネックっていうのもまたまた色々種類があって、とりあえず個々の指に合うような長さ、穴の大きさなんだけれど材質が、金属、陶器、ガラスがある。

何が違うんかっていうとまあ音が柔らかい音かどうかで、だいたいガラスが一番暖かみのある音らしい。

ちなみに僕が持ってるのは金属のやつなんだけど、指が短いもんで大きい。

当初、バーとかで楽器が演奏されてたから文字通り酒の瓶の首んとこを使って弾いてたらしいんだけれど、中には、

瓶がないからナイフで

とか

スプーンで↓



とかあったみたい。

演奏するときはだいたいオープンチューニングでE、G、Dあたりなんだけれど、例えばロックとかでボトルネックでソロ弾きたいとかそんなエアロスミスな人らはノーマルで弾いてる。

オープンの場合やとたぶんだいたいが指引き(まあ指引き用のピック含め)、ノーマルやと普通にピックが主流かもね・・・・まあブラックレベルモーターサイクルクラブの動画はオープンでピック使ってるかもしれんけど。

僕は今オープンEで練習してるけど、これがめちゃめちゃ陽気な感じでたまに萎える。

ほんでも面白いんだけれど。

でも難しいのがベース音弾きながら弾くみたいな・・・・まあ時間かかる、弾けるようになるまで。

まあ・・・・そんなグッチョングッチョンな感じな話・・・・・僕あんま詳しくないでよう分からん。

ようやく分かった腹が立つ理由 (2006/06/19)
僕は自慢じゃないが細木数子が嫌いだ。

できることならその全ての存在を否定してやりたくなるくらい嫌いだ。

もう、朝ズバで

いやぁーすごいねぇ

とか適当なことをよく言う(夜中酒飲んでるで朝辛いのか?)みのもんたより嫌いだ。

おもいっきりテレビで健康についてメタメタにしゃべってるのに大酒飲みのみのもんたよりも嫌いだ。

そんでもって結構自負心が強いみのもんたより嫌いだ。

そんな細木数子。

僕は今までただ単にこの人が偉そうに勝手なことを言ってるのが嫌だ(たまにまともなことも言うけど)と思っていた。

もしかしたらその中に、占い師とかいう胡散臭い職業の割に偉そうなことを言うっていう偏見もあるかもしれないが・・・。

ようやく嫌いな本当の理由に気づいた。

これは、占い師っていうのがかなりポイントなのだけれど、例えば

あなたは離婚しなさい!

芸能界引退しなさい!

コンビ解散しなさい!

とキレ気味に悩み相談者たちに細木数子が言う。

するとまあ悩み相談者の中にも

「さすがにそれはちょっと・・・・」

と例えば「○○が好きなのになんでやめないといけないの?」とかそういう理由で拒否する。

ここで、細木数子は必ず言う

やめなきゃ大殺界!

こういうわけである。

もうこの時点で細木数子>相談者っていうヒエラルヒーが確定する(相談の時点である程度できているかもしれんが)。

要は、細木数子の言い分はめちゃくちゃ単純で、そんでもってもうどうしようもない事態を相談者に引き起こすのである。

論理的ではなく、あくまで占いが最後に付いてくる。

そんでもって言うこと聞かない悪い子は

大殺界送り

という・・・・反論のしようの無い、もしくは細木数子を説得できるわけのない状態にさらされる。

だって、細木数子の中では

○○しなきゃ大殺界

だから。

この核兵器的な最後の脅しがもう細木数子がカタギの人じゃないという分類に位置させる。

ある意味ジャイアンだ。

すべて、もう実在するかわからないけれど細木数子の中では確実に存在している大殺界を理由に構成されている細木数子の言い分

むしろ細木数子だけじゃなく占い師はだいたいそう、そんでもって血液型を過度に気にする人間も同様。

僕は大殺界も信じてないし、血液型も信じていないので、このアメリカ的な最終手段のある言い分が非常に鼻につくんだろう・・・・。

付記

おまえはシュラ修羅シュラシュシュシュ (2006/06/18)
今日地下鉄乗るところにいたんだけど、

背後に妙な気配、というかなんかカタカタカタカタいっとるもんで、なんやろと振り返った。

そしたら爺ちゃんが、あのよくある割とちっこい目の牽いていくカバン(あのジャスコとかやったら3千円くらいで売ってそうな車輪付きのやつ)を牽きながら歩いてた。

なんでカタカタカタカタいっとるんやろうと思ったら、

車輪逆!!

爺ちゃん!車輪逆!!

だった。

意味わからんかもしれんから一応説明するけど、普通、車輪を地面において牽いていくでしょ?あのカバンは。

でもそのじいちゃんは、車輪が付いてない方を下っかわにして牽いてた。

だからカタカタカタカタいってるんやけど、車輪付いてない方やで引きずってるわけやで。

そのまま爺ちゃんは僕の前を歩き去り、トイレの方へカタカタカタカタしながら歩いてった。

みんなどうやら不自然な部分に気づいたみたいでじーーーーーーっと凝視しとった。

僕たちが

じーーーーーーーーーーーー

っと

爺ちゃんが

カタカタカタカタカタカタカタカタ

っと。

もしかしたらものすごい高等なボケで(リアルにボケとったんかもしれんけど)誰もツッコまんかったので爺ちゃんは周りに人が誰もいなくなったのを確認して

世の中せちがらいのぉ

と言っとったかもしれんなぁ・・・。

ごめんよ爺ちゃん。

どうもこんばんは。

そんなこんなで

東野圭吾「あの頃僕らはアホでした」

太田光「三三七拍子」

を読んだ。

どっちもエッセイだったんだけど、

太田光の方は結構「ほぅ・・・」っとなるから良いよ。

特に恋愛の話と宗教の神様の概念の話が。

あと宇宙の話とかちょくちょく出てくるもんで「へぇー」ってなるね。

ほんでも意外に文章がかたいもんで太田光っていうイメージ(テレビのコラムのイメージが強いからかも・・・)で読むと結構戸惑う。

東野圭吾の方はエッセイというかまあ、小学校から就職するまでの話(東野圭吾は元々どっか車関係のエンジニアだったみたい)なんだけど、結構壮絶な話だとかあって面白かった。

例えば、小学校6年間の給食が全部腐ってるみたいなもんだった(たいがい残飯になって豚の飯になるらしい)とか、中学時代の狂気の17期生っていうかなり壊滅的なワルの学校の話とか。

あと、めちゃめちゃ多いのが特撮怪獣系の話で、この人かなりマニアらしい・・・・まあ当時流行ってたのもあるんだけど。

ちょっとしまったのが、はじめにこの人の普通の作品見てから読んだらこれもっと面白く読めた気がすることくらいか・・・・。

まあそんな感じやった。

雨が降った日の (2006/06/17)
僕はよく図書館にいる。

図書館で本を読む。

自分が買った本やらいろいろ。

そして疲れた時は外に出てカップの自販機で100円でカルピスを買う。

そんで唯一の喫煙所で一服する。

まだ空は晴れている。

子どもが水辺で遊んでる。

夏の図書館の外っていうのはこんなに賑わうもんなんやなぁと思う。

また戻って本を読む。

疲れたらカルピス。

買って外で一服。

それの繰り返し。

気づいたら雨が降っていて、外の子どもはもう帰った。

一人の老人が僕の方に近づいてくる。

僕は思うのだけれど、意外と端から見て僕が地べたに座ってタバコ吸ってるのは結構近寄りがたいものだと思う。

でも爺さんは近づいて、僕の隣で地べたに座った。

若い子がたくさんおると老人にゃあちょっと宇宙にいるみたいな感覚になるわ

見知らぬ爺さんのはじめのセリフ。

それから一服終わるまで、爺さんの経歴、なぜ図書館にいるのか、不景気、そんなようなことを聞かされる。

僕は爺さんの顔は見ないで相づちを打ったり、聞かれたことに普通に答えたりする。

やがて僕のタバコも短くなって、僕は腰をあげる。

まあがんばれよ

と言われる。

さっきまで全く知らない爺さんは僕が去るときはなぜかにこやかだった。

本を読みながら考える。

最近はだんだん日本も好景気に向かってると言われてるけど、結局好景気になってない時に定年した人たちにとっては不安しか残ってない。

テレビでは、定年したサラリーマンの爺さん婆さんが田舎に家を建ててスローライフを送っているのをニュースなどで取り上げられている。

でも、僕が今日会った爺さんがスローライフを過ごせるまでは遠い道のりである。

爺さんが話してる途中で言ってたが

結局最後まで勉強

なのかもしれない。

数字を見れば上がってるかもしれないが、上がった人は一部の人で、他の人は下がったかもしくは変わってないのが現状かもしれない。

だからどのみち個々でみたら不安は減ってないのかもしれない。

まだまだ好景気には遠い日本だと感じたとある一日の話。



14歳の全て (2006/06/16)
石田衣良の「4TEEN」を読んだ。

どうやらこれ、かなり長期にわたって連載されて(というかなかなか書く機会にめぐまれなかっただけだが・・・・ちょっと悪くいうと)それから直木賞受賞作として有名になったみたいやね。

4TEENって書いてある通り14歳が主人公なんだけれど、

前に書いた早老病、ウェルナー症候群が題材というかあるキャラクターに使われてる。

そんで書き方はまあ僕が読んだ石田衣良作品は全部そうだったんだけれど、1話1話仕立て。

でもLASTみたいでなくて主要な登場人物は毎回一緒でどちらかというと「池袋ウェストゲートパーク」に近い。

それでもIWGPと違ってサスペンスじゃなくて青春モノ。

そんで14歳の少年たちを通して、様々な問題やら性について触れている(それが14歳だからこそのものとそうでないものもあるが)・・・・・というとちょっと良い感じに説明できた気もしないでもない。

面白いけど、一カ所矛盾を見つけて(まあ1話ずつの感覚が半年とか一年とか間がたって書かれてるらしいから無理もないかもしれんが・・・)ちょっとげんなりもしたけど、面白いね。

石田衣良自身も言ってるけど、登場人物が勝手に動き出してストーリーを作っていったっていう表現。

よく漫画家でも

「ほんとうはここでこのキャラを殺したくないんだけれど、登場人物が勝手に動き出してしまった」

とかそういう話。

ある程度その人の中でキャラのパーソナリティが確立したり定着するとそうなるのかもしれんね。

例えば、自分がよく知っている友人とかが

ある条件だとどうなっていくだろう?

と考えると結構予想を付けていける。

まああくまで個人の主観が頼りなのだけれど一度やってみると結構ほんとに勝手に動き出す。

石田衣良はそこがものすごくうまいんじゃないかなぁと思う。

自分の思う世界で自分のキャラクターを作り出して、そこに何か事件を放り込む

それで物語を書く人なんだろうなぁと・・・・・まあ他の作家もそうなのかもしれないけれど、それが顕著にわかるのは石田衣良本人がそう語ったからか、作品のニュアンスによるものなのか・・・・?

まあ何にせよ14歳である。

例えば自分が楽しかった学生時代を思い出すとき、この14歳、中学2年生というのは結構上位に出てくるもんじゃないかなぁと思う。

石田衣良本人もまた語ってはいるけれども、中学1年生はまだ中学校に慣れてないし、中学3年生は受験がある。

だから必然的に2年生のころっていうのはわりかし楽しかった思い出は多いのかもしれんね・・・。

あと僕が個人的に思うのは、自分のアイデンティティの土台ができるのって2年生くらいなんじゃないかなぁと思う。

思えば今の僕は、中学2年生にできた土台から基本はずれてない。

中学2年生の健全な男子なんてみんなアホでエロで、今の僕もアホでエロだ。

もしかしたら以前よりも拍車がかかってないかもしれん、恥ずかしいというカセが無い分。

だから妙に中学2年生って、結構自分のネック(良い意味で)になってるんじゃないかと思う。

現在の自分のスタートみたいなもんだから。

もしかしたら小学生で大人びたヤツだなぁっていうのは中学で確立されるはずのアイデンティティの土台がすでにできてしまっていたからかもしれないなぁ・・・・。

関係ないけど、小学校卒業の時にどうせ中学になって他の小学校の生徒と人数が合わさるだけなのにあんなけピーピー泣くやつがおったんだろう・・・・?

まあそんなことを思っている僕も、多少好意がある女の子は

「あーなんか良いね!」

と思って、特段好意の対象でもなくまして嫌悪の対象になってた女の子には

「あーマジうとましいなこの阿婆擦れ・・・」

とか思ってたので、おまえが何だ?という感じだけど・・・。




どうもこんばんは。

とりあえず買った本はあらかた片づいた(まだ残ってるのもあるが・・・)のでまた買ってきた。

太田光の「三三七拍子」

僕のカリスマ、ポスト社会派の太田光が書いたエッセイ集。

本とは関係ないけど、テレビ番組でやってる「わたしが総理なら何々?」的な番組みたいな内容でエッセイ書いて欲しいなぁと思う。

安部公房の「砂の女」

これは有名なんだろうなぁ・・・わからんが・・・一応僕も名前くらいは知ってたし。

漫画「ホムンクルス」みたいに砂でできた女じゃなくて砂丘にすんでる女の話。

この人の「箱男」もパラパラと読んでみたけどシュールレアリズム的な要素が強い作家なんかなぁと思った。

まあこれ難しそうやで後回し。

東野圭吾の「あの頃ぼくらはアホでした」

これはもうタイトル買いだったんだけど、この人も有名みたいやね。

この作品はどうやら、作者の昔の話を物語風につらつら書いてるみたい。

まあ何にせよタイトルがものすごい直球(タッチの上杉タツヤくらい直球)なので良い。

そういや矢野さんが言ってた角川ホラー大賞のはどれかわからんかった・・・・「水霊」のことだろうか・・・・。

自費出版の男 (2006/06/15)
結構前だが、本を読んだ。

今はちなみに石田衣良の4TEENを読んでる。

ナンシー関の「何だかんだと」

この人コラム業界ではかなり有名らしいね。

もうお亡くなりになったけれど。

内容はテレビ番組や芸能人、CMなどの批評みたいな感じ・・・・。

すごいと思うのが、結構辛口に書いていたり、もうスカンスカンにしとるわりに、たぶんそれを読んだある芸能人ファンが怒って文句言おうとしても反論できる材料が思いつかんだろってところ。

僕が今まで読んだコラムだとかは結構勢いでテキトーなとこが多かった(まあそこが好きなわけだが・・・)が、このナンシー関、どうやらかなり冷静(というか冷ややかといった方がいいかもしれん)。

そんでもってものすごい分析力(発揮する場所が結構どうでもいいところっていうのが好き)なわけである。

普段僕たちがテレビを見て思いもしない部分を題材にしてる。

要するに「見て見ぬふり」をしてる部分、「黙認」してる部分をナンシー関は取り上げる。

これがまたおもしろいのですごい。

芸能人の題材以外のやつも見てみたいなぁと思う。

ちなみにこの本の中の最初に出てくる橋田壽賀子とえなりかずきの分析はもう学会で発表できるくらいじゃないかと僕は思う。

山田悠介「親指探し」

この山田悠介という人、どうやら自費出版で出した(らしい)「リアル鬼ごっこ」という本が自費出版で異例の50万部突破で売れた人みたい・・・。

「リアル鬼ごっこ」も「親指探し」も都市伝説っぽいことを題材にしてるホラーノベル。

ちなみに「リアル鬼ごっこ」は読んでないが、たしか佐藤さんが順番に殺されてくっていう話。

ほんで僕が読んだ「親指探し」っていうのはバラバラにされ殺された女性の親指を探すっていう話。

ここまでだと、この話を聞いたら夢で親指を探さないといけないっていう典型的な夢系の話になるんだけれど、面白いのはこれを幽体離脱して実際に探すところ。

みんなで円陣くんで隣の人の左の親指を右手で隠す。

そして目をつぶり女性がバラバラにされ殺されるのを想像する。

するといつの間にか自分はある一室に立っている。

そこが親指を探す場所。

そして机の上のロウソクを消すと元の世界に帰ってこれる。

そんで探してるときに肩をポンポンと叩かれるんだけれど振り向くと殺される

っていうのがその親指探しの話。

これを元に話が進んでいく。

残念なのがこの怖い話自体は結構おもしろいのに他がちょっと・・・・。

なんかちょっと抜けてたり、「おいおいここもっと使えるんじゃない?」と思うところが無視されてたり。

なんか微妙な話の流れなのである。

話の流れ的にはたぶん最近のホラーと変わったところはないと思う。

問題は話の作りが微妙で、そこはもしかしたら自費出版ていうところが原因なのかもしれん。

この人はもう怖い話ばっか作ってその怖い話を解明する話は作らないでええんじゃないかと思う。

ていうかもうホラー小説は全部サウンドノベルにして欲しい。

というわりかしわがままな話。
レジを待つ男達の挽歌(語呂悪い) (2006/06/14)
先日、ていうか昨日、某古本屋に行った。

古本屋は良い。

本が安いから。

相変わらず僕は漫画を買う。

23歳になっても漫画は買う。

家の漫画が増えすぎて、こりゃもうあかんやろうなと思っているのだけれど、一番あかんのはそれでもやめる気がしない僕の態度だろう・・・。

レジに並ぶ。

ふと隣におった人に目がいった。

うん・・・・この人妙に落ち着きがないな・・・・

なんだろう・・・・

あ・・・・

彼のその手には一冊の

手相のすべて(たしかね・・・)

という本。

そりゃ

挙動不審にもなるだろう

そんな本買おうとしているんだから。

誰かに見られないように買おうとしても、必ずレジの店員さんには見られる。

きっと彼は手相に興味があったんだろう。

そしてその本を買って自分の手相を見て

「あーおれがついてないのはこのせいか・・・・ふぅ」

「こんなに手相いいんだからこれから先は良くなるよな・・・・ふぅ」

と思うのであろう。

だがしかし、

手相ておい!!!

と思われることはなんとか回避したい。

彼の落ち着きのなさはそこからきてるのだろう。

占いのたぐいは別に信じないし、まして手相なんて運命線も生命線も判別があんまりつかない僕にはうさんくさいとしか思えない。

彼もそう思っているのだろう。

しかしこの手相によって自分が救われるかもしれない。

そんな葛藤がこの挙動不審な態度を表出させているのだろう。

すごい気持ちがわかる。

もう本当に彼を呼び止めて

同士!!

と叫び、もし土民の街岐阜に古くから伝わる踊りがあったら僕は迷わず踊るだろう。

残念ながらそんな踊りは存在しないが。

そのくらい共感できるのである、彼が手相の本を持ってレジに並ぶ気持ちを。

僕はそのときレジに並びその手に持っていたのは

乱馬1/2

今更である・・・・そんでもって23歳である・・・。

乱馬はねえだろ乱馬は!!

自分でもよくわかっている。

僕は昔、この乱馬1/2が好きだった。

非常に好きだった。

ゲームも持っていた。

格闘アクション2本、RPG1本、パズル一本

全部「乱馬1/2 -○○○○○-」だ。

そのくらい好きだった。

パンダの玄馬は

パッフファフォー

だ。

良牙のブタは

ブイ

だ、ましてや獅子咆吼弾だ。

そんな火中天津甘栗拳な乱馬1/2が好きだった。

こんな日々を取り戻してみたい。

そんな思いなのだ。

ライカロリ~ント~ン

とか最近歌ってる僕もアレなのだ。

でもそこで乱馬だ。

レジの人は女の人だ。

うはwwwwwちょwwwwおまwwwwうぇっうぇwwww

夢がひろがりんぐなのである。

そんなこんなでレジの人にはあんまり品物を見ないように心がけて頂きたいと僕は切実に思う・・・・。

ちなみに

犬夜叉

も集めはじめた・・・。

そんでもって無性に

地獄先生ぬ~べ

が読みたい・・・・・・。

ああ・・・・童心に帰ったみたい。

歴史に垣間見えるもの (2006/06/13)
よし、W杯について書こう。

せっかく始まったんだし、なにせ僕の誕生日に開幕(たぶん・・・)したんだし、

今年のW杯は、アレだね。

いなせだね。

何で「W杯」って略すんだろうね。

「WC」だと駄目?「世杯」でも駄目?

いやいや、むしろどう読めばええんだろう。

普通に「ダブリューハイ」なのか?

それとも「ワールドハイ」なのか?

「ワールドカップ」でいいものか?

そんなことはどうでもええ。

もう、おさるがアニマルていだん(漢字出てこん)だったのもコアラと三原じゅん子のこともどうでもいい。

昨日はニッポン対オーストラリアでしたね。

たぶん僕以外にも一人以上はおるはずなんだけど

試合中に爆笑しそうになった人

が。

別に僕が、あまり世界○○とか系のスポーツ見ても自分が同じ日本人であることを強く認識し興奮したりしないとか、サッカーがまずそこまで好きでもないし知識も振り絞って「セルジオ越後」くらいとかも関係なく・・・・。

ちょっとしたコント感を味わったのは僕だけだろうか・・・。

起:オーストラリア戦始まる

承:日本ゴール

転:オーストラリアゴール

結:オーストラリアゴールしまくり(ついでに日本ゴールの幻のゴール疑惑)

かなりはしょったのでちょっと分かりづらいのだけれどかなり起承転結がしっかりしていた内容だったと思う。

そんでもって「結」のあたりで

「あーもうはよ終わらんかなぁ」

っていう選手と見ている人の共通意識が垣間見えたと思う。

もちろん僕はサッカーについて詳しくもなんともないので技術的な面は何も分からないのだけれど、そんな僕でもわかったことがある。

saru.jpg


↑これである。

まさに。

絶対そう。

これ、あの歴史の教科書によく載ってるたしかビゴーっていう人の日本人中傷絵なんだけれど、あの試合まさに僕が見えた像はまさにこれだ。

この絵、小さいからわかりづらいかもしれんが、要するに欧米の服を着て文明人気取りの日本人だけれど、鏡に映ってるのは猿。

つまり、猿が変装して西欧人のふりをしているっていうアレなんだが・・・。


今回の試合はまさに端から見たらそんな感じだったのだと思う。

妙な日本人の鬱屈した必死感が見えた。

もしかしたら西欧系と日本人の根本的な違いが原因なんじゃないか。

どこにでも書いてあるけれど、今回の日本チームは

「どう戦うのかが見えていなかった」

オーストラリアについてはあまり触れられてなかったのでアレだったけれど、僕から見ていても、ものすごい分かりやすい戦い方だった。

日本人よりも優れた体格
    ↓
ゴール前にボール集める

こんなけだった。

もうこの試合のオーストラリアはまさにどこからでもセンタリングだったと思うがどうだろう・・・。

ある意味「ボールをゴール前に集めてあとは運次第」作戦だ。

そんでもって日本人より体格の良い(背が高い)やつらがそろってるから入る可能性は高い。

要するに「賭け」に近い。

でも「勝てそうな賭け」である。

それに引き替え日本チームは「確実に・・・」を意識していたと思う。

「確実に入るようなプレー」にすることがたぶん日本人の理想なのだと思う。

だから「無理」なことしないのである。

ほんだもんで僕が見始めた時からの日本はオーストラリアと比べて「危険」を感じることがなかった気がする。

そんでもって一点取られてからの日本人はもう「必死」も「必死」でそりゃひどいもんだった。

2-1になった時などひどいもんで、いわゆる「最後の賭け」みたいな後ろの守る人を少なくして攻撃を追加した。

この往生際の悪かった「最後の賭け」なんてもうおもしろいも良いところで

「必死な日本人」真面目・堅実



「余裕の欧米人」楽観的

という対比が強烈だった。

つまるところ、日本人ってだいたい堅実なのにやばいと思うと「必死」さから「最後の賭け」っていう無謀なことして終了的なことってなんか想像できる。

まあ「最後の賭け」を采配したのが日本人でないジーコっていうのも皮肉なんだが・・・。

要するに技術的な面で日本とオーストラリアが同じくらいであろうと日本が勝っていようとオーストラリアは「とりあえず可能性のある1ゴール」を入れれば勝てるのである。

あとは同じようにやっていれば勝手に日本が必死になってくれて自滅。

ついでに言えば、最後の5分で出た大黒選手は日本人選手の中一人だけ元気だったのが悲しすぎるし、おまぬけな感じになってしまう・・・・皮肉にも・・・。

川口選手がいくらスーパーセーブしようと、大黒選手が最後どれだけ元気だろうとそれほど意味なかったのかもしれん・・・・かわいそうだが・・・。

僕が思うところはそんな感じだが・・・・どうだろう・・・。

遠からずという感じだが・・・。
モ・レ・ラ モ・レ・ラ (2006/06/12)
最近できた、岐阜最大のショッピングモール「モレラ岐阜」に行ってきた。

モレラ、前もいったけどやっぱりネーミングはよろしくない。

しかも「モレラ岐阜」ってこれまたGIFUが付くもんで

それって第何サティアン?

つまりカルト宗教のにおいがすると。

ほんでもシマムラとかそこそこ大きい楽器屋が入ったので、それはそれで良かったと言えば良かった。

だから買ってきた

ボトルネック

ただいま猛烈に練習した後なんだけど、なんかようわからん。

いや、ようわからんくは無いのだけど。

まあええわ。

最近ドブロが欲しいのだけれど、ボトルネックのために開発された(たしい)ドブロをボトルネックで弾けない僕が持つという妙な葛藤で練習してみた。

なかなか弾きづらい。

まあ、ほんとは違うこと書こうと思ったら消えたからこんなもんでええか。


物欲一休さん (2006/06/11)
大槻ケンジの

「オーケンのめくるめく脱力旅の世界」

はこの前読み終わった。

「我が名は青春のエッセイドラゴン」

は昨日全部読んじゃった。

ついでに奥田英明「インザプール」も読んじゃった。

大槻ケンジのエッセイはほんとおもしろかった。

大槻ケンジはリリーフランキーと一緒でリビドー全開なんだけれど、違うのが

サブカルチャー!

もうほんとサブカルサブカルオーケンだった。

中国武術からカルト宗教、UMAにUFOと。

もちろん高校時代とかの話もあったりピンサロ行った話もあったんだけど、

大槻ケンジ=ビレバン

みたいな勝手なイメージが膨らんだ。

全般的におもしろいんだけど、個人的に中国武術のやつは興味津々だった。

栃木県で開かれる武術大会!

酔拳から蟷螂拳まで無差別ファイティング!!

見に行きたい!!!

という感じ。

他にも、性器ばっかおいたる博物館(正直、ここは行きたい)だとか、なんかカルト系の反ロック主義の本とか。

またエッセイ買おう。

「インザプール」は前に言った映画版と内容はほぼ一緒(強迫神経症だけ映画では女性やけど)。

ほんでも映画と違って全部の話が小分けされてて短編みたいになってる。

そんで映画のプール男とチンコ勃起男と強迫神経症以外に

ナルシストだからストーカーがおると勘違いするコンパニオンガール(これも強迫神経症やけど・・・たぶん)

メールに魂吸い取られてて携帯を手放すと痙攣しちゃう高校生(これは実際おるのをニュースでやってた)

が追加(追加では無いけど)されとった。

これ続編出したらおもしろいと思うんやけどなぁ・・・・。

映画を最初に見ておくと、くっきりとマッド精神科医松尾スズキっていうキャラが想像できるでこれは映画見てから読むとおもろいかも・・・。

あと本と映画の違いは、映画は「マッド松尾スズキ」っていうイメージやけど、小説は「マッド松尾スズキって意外に名医」っていうイメージ。

まあそのくらいかなぁ・・・・。



どうもこんばんは。

今日ふと立ち寄った本屋で、

前から読もう読もうと思いつつ結局違うのを選んでて読まずじまいだった

ナンシー関の「何だかんだと」

を買った。

楽しみ。

あと、題名が妙に気になったので買った

山田悠介って人の「親指探し」

っていうホラーもの。

やっぱりジャパニーズホラーはこんなちょっと俗悪チックだけど子どもチックでプリプリプリキュア(訳わからんが)なやつが良い。

というか・・・・あとで・・・

また本買ってまった

と後悔・・・・なかなか読みもせんのに買いだめるのはよくないと思いつつ

人類最大の敵は物欲

だと思った。

この人類最強の敵を倒すためには、解脱を心得る

仏教しかない!!

みんな!

仏教をやって

人類のライバル「人類自身」

を倒そうぜ!

まあ僕はやらんけど・・・ほんでも釈迦の話はちょっと気になるなぁ・・・本出てないかなぁ・・・・・。

それはただただイメージの問題なのだが・・・ (2006/06/10)
何事もイメージというのは付き物だ。

一般的について回るイメージから個々人が持つ別々のイメージまで、

とにもかくにも、何かを見た後の解釈はイメージによって意味づけられることが必然だ。

そんなこと無い、私は先入観なんかで何か見たりしないわ!!

そんなやつは自分をいい人というイメージで見て、他の人にそのイメージを植え付けようとして、逆にめんどくさいヤツというイメージを持たれてしまうという悲劇的な人間だ。

そんでもってそんな境遇を悲しい運命だとかいってドラマトゥルギー人間的なのである、まあこんなことどうでもええ。

つまりイメージっていうのは大切なの!

僕は最近よく車に乗る。

みんなもだいたい車に乗ってる。

僕は対向車の運転手を凝視する、相手もそれに気づく

「あ、どうも^^」

いやいや、そんなことは問題でない。

よくハイビスカスやらフモフモなマットみたいなやつやら、もうバックミラーなんてお前それ使ってねーだろというくらいの車がおる。

あえて命名するなら、

「車内セックスしてそうだけどできなさそうな小型車」

とか

「沖スロ系」

なのである。

まあそれも別にどうでも良い。

ハイビスカスが悪いと言ってるわけではない。

たしかに僕はそんなギャルっぽいというか沖スロ系淫乱科(あえて命名すると)には属していないし、どっちかというと根暗系悶々科という方に近い。

極限にまで近い。

だが、僕だって、世の中には違う価値観の人がいるくらい学校で学んだ。

だから否定するわけではない、たしかにこういう人たちとはノリは違うだろうと思うが。

問題なのは、僕の住んでいるところは岐阜なのである。

周りをぐるっと他県で囲まれた日本のヘソなのである。

つまり、海がないの。

それゆえに、ハイビスカスみたいな沖スロ系アイテムはどう考えても

ハイビスカス
  ↓
 沖スロ
  ↓
 沖縄
  ↓
  海
  ↓
一夏の思い出
  ↓
はじめての潮干狩り
  ↓
 ビーチ
  ↓
ハーバータウン

なイメージなのである。

だからこそ、岐阜で沖スロ系装飾の車っていうのはどうも気持ちが悪い。

ある意味、

アンパンマン新しい顔だよ

とアンパンマンを手助けするバイキンマンだ。

そんな違和感が気持ち悪い。

関係ないが、バンとかにウィングが付いてるのもものすごい違和感がある。

とにかくものすごい違和感なのだ。

岐阜はとにかく海がない。

最近サブライムをあまり聞かなくなった。

それはサブライムがハーバータウンのストリートチックなイメージを持ってるからで、この土人の住む街岐阜で聞くと、妙な不快感なのである。

それでも夕暮れのなんか寂しい感じっていうのはサブライムっぽいので聞くけどね。

まあイメージは大切だ。




付記

社会派!! (2006/06/09)
爆笑問題の深夜にやってる番組の最後にやるコラム(今やってるかしらんけど)を集めた本を久しぶりに読んだ。

爆笑問題、デビュー当時は社会派漫才師と呼ばれていたようで、デビューしたあと2年間くらい消沈した経歴を持ってる。

今でも相変わらずの社会派志向はゴールデンタイムでも続いてる。

社会派と呼ばれたい。

いや、別に呼ばれなくても良いけれど・・・・。

とにかく爆笑問題のコラムがおもしろい。

ああ・・・なんか短くなってまったなぁ・・・。



どうもこんばんは。

今日、授業で「ブッシュマン」という映画をちょっとだけ観る機会があった。

「ブッシュマン」

前々からレンタルで探してたんだけれど、まさかこんなところでお目にかかれるとは思ってなかった。

現在では邦題「コイサンマン」になってる(たぶん「ブッシュ(藪)マン」が差別用語とかそういうことやと思う)のは初めて知ったのでまあ借りれないのは当然だったし、ともかく、あんま置いてない・・・たぶん。

ここまで読んで貰ったら「ジャングルの王者たーちゃん」が好きな人かアフリカ万歳系の人だったらわかる通り、アフリカの映画。

内容は、とあるアフリカ民族(サン族)が平和に暮らしているところに、一本のコカコーラのビンが空から捨てられて降ってくる。

神の贈り物だと思ったアフリカ民族は、コカコーラのビンをいろんなことに使った(音を出したりとか物を叩いたり)。

そんで重宝されたコカコーラのビンは一本しかない。

今まで何事も平和に、分け合い生きてきたアフリカ民族はその一本のコカコーラのビンの所有権を争うことになってしまい、いさかいが起き始める。

今までになかった喧嘩に困ったアフリカ民族は、その代表が地の果てにコカコーラのビンを捨てにいくという結論を出した。

一人のアフリカ民族の男がコカコーラのビンを捨てるため旅に、そして出会うゆかいな仲間たち(あえて言えば文明人・白人)とドタバタ珍道コメディー

なのだけれど、この映画、おどろくほどに

大ヒット

し、主人公役のアフリカ人は世界でもっとも有名なアフリカ俳優となった(ちなみに出演してる人はほんとにサン族)。

日本では

笑いの渦

で「いいとも」にこの人が出演してどうのこうの。

しかし、外国ではヒットはヒットなものの

ヨーロッパ人から非難囂々

日本で流行ったとしてアメリカにもってったら

非難囂々

だった。

要するに「アフリカ人差別」「女性差別」だとかなんとか。

まあ女性差別についてはよくわからんかったが・・・正直。

世界的な評価を観るとたぶん

現代人とアフリカ民族を文明と未開にわけることによって現代人をそれとなく批判することを意図して作ったちょっと皮肉まじりのコメディー

元々アフリカ差別の原因のまぬけなヨーロッパ人が差別だと非難

こんなことも知らずにただコメディーとして笑うバカな日本人

やっぱりアメリカも元々ヨーロッパ人のわりには非難

というかなりおもしろい相関図ができる気がする。

要は、たぶん監督の意図している主旨と全く違うところで話が展開しとるんじゃないかと言いたい。

ちなみに実際のアフリカ民族は、この映画で貼られた理想的なレッテル(だいたい僕らがアフリカ人にたいして思ってるイメージ)と違うことの方が多いので気を付けたほうがええってさ。

うん、社会派!!
空気読めない男 (2006/06/08)
今日ぼーっとしてて思い出した。

僕が中学一年の入学したてで今思えばあんまり精子と大差ない頃、

あれは・・・・

いつだったか・・・・。

たぶん梅雨入りくらいの、授業参観とか会った日やったかな・・・。

まあいつでも良いんだが、ST(帰りの会)が終わってから帰ろうとしてたら同じクラスの婦女子二人組に

「○○先生(うちの担任)が呼んでたからちょっとA君呼んできてくれない」

と言われた。

A君とは、僕と違うクラスだけど小学校から仲が良い子で、

なんでうちの担任が呼んでるんだろう?

まあでも、呼んでるんやったら連れてかんとなぁ・・・・。

と思い、どうせ一緒に帰るのでさっそくA君のクラスに行った。

まだA君は帰る用意しとったが、まあうちの担任も呼んでるので、用意は後にしてもらいA君を自分のクラスに連れていった。

僕の教室に着く頃、ちょうど教室から出るうちの担任を目撃したので、

ああちょうどええわ

と思ったA君が

「先生、なんか用でもありましたか?」

と聞いたら

うちの担任「え?何?別にないよ。」

と言った。

あれ?と思った僕は

「よんだんじゃないんですか?」

と聞いたら

うちの担任「いや、呼んでないよ。さようなら。」

と・・・・。

不思議には思ったがまあええわと思い、A君も不思議に思いながら自分のクラスに帰っていった。

ほんで僕が自分の教室に入っていったら婦女子二人にこっぴどく叱られた、気づけよ的な感じで。

ここでようやくこの婦女子のどっちかがAのことが好きだということに気づいて謝ったのだけれど、

これって空気読めてない?

僕はただ単に善意の第3者として、先生がよんでるから連れてっただけのことなんだが・・・・。

この

「先生が呼んでるから」

っていうのが完璧にネックで、こんな言い方したら、そう簡単に

「ああ、此奴は告白したいんやな」

と思えというのも僕は非常に疑問だ。

たぶんこの婦女子たちは、僕に「Aのことが好き」という感情を伝えずに(理由としては、僕が嫌われてるかただ単に恥ずかしいのか・・・。)ものすごい回りくどい方法で僕に罪をなすりつけてる気がしてならない・・・・。

今の僕だったら

てめぇふざけんじゃねぇ!!

といって、チャック並の冗談の通じなさで2・3発ぶん殴って奥歯ガタガタ言わせているところだけれど、実際どうなんだろう・・・。

だいたいの人だったら気づくのだろうか・・・・?

今でもその疑問は解決してない(まあ今日思い出したし)。

まあちなみに僕はそんなに空気を読める人間だとは思ってないし、空気を読まなあかん時も、そんな行動を取る人間でもない。





付記

憧れてるけどなりたくはない (2006/06/06)
以前書いた外人部隊格好いいっていうのもあって最近

パイナップルアーミー

を読んでる。

浦沢直樹の結構古い漫画なんだけど、おもしろいね。

主人公がベトナム戦争経験者で元傭兵。

今は戦闘のインストラクターっていう設定。

話とは関係ないけど浦沢直樹のあの独特の絵って良いね・・。

みんなくたびれてる

感じとか。

まあそんなこと置いておいて、まあとりあえず外人部隊出身っていう肩書きは妙にかっこいいと思う。

例えば経歴で

19○○~19○○ ○○小学校卒

19○○~19○○ ○○中学校卒

19○○~200○ ○○高等学校卒

200○~200○ ○○大学卒

200○~20○○ ○○外人部隊退役

みたいな。

そんで再就職の時

人事「君、この履歴書にある外人部隊というのは・・・」

「はい、わたしは○○で傭兵をやっておりました」

人事「傭兵とはあの傭兵のことですか?」

「はい、敵軍相手に機関銃をぶっ放したりするやつです。」

人事「君ねぇうちの会社では傭兵は必要じゃないんだよ。
   わかる?うちでは傭兵に求めるものなんてないの?」

「はい、わかりました、じゃあとりあえずわたしの能力を見て貰いましょう」

人事「え?ちょっと、ちが・・・・何?え?嘘?やだ・・・やめ」

傭兵上がりの再就職かっこいいな

傭兵に僕は憧れる。

でも実際になりたくない。

だって、命が危険だもの。
日本人の性 (2006/06/05)
村上ファンドの人がもうそろそろ起訴されるそうだ。

だもんで村上とかいうちょっと欽ちゃんっぽい人がなんかいろいろ言ってた。

とりあえず

「そう言われてみるとあれはインサイダー取引だったかもしれない」

「だからわたしは責任をとって証券界から手を引きます」

みたいなことを言って要するに罪を一応認めたみたい。

うん、なかなか潔くていいんじゃないとか思ってたら

「金持ちは軽蔑されるからこうなる」

「私は金を儲けてましたよ、それが悪いんですか?」

ちょwwwwおまwwww

と思った。

問題はそこじゃなくてあんたが法律違反したことじゃない?

と。

まあ要するに、自分のアノミー状態を環境に押しつけるのは別に問題だとはいわん。

それだったらわざわざ自分の法律違反をあえて認めるなと・・・。

おまえは破滅型女性の典型の

「しょうがないじゃない!!わたしだってつらかったの」

「わたしだって・・・寂しかったのよ」

みたいな理由でもうどうにでもしてくれ状態ですか?

と思った・・・・。

金持ちは嫌われるのはわからんでもないけれど、もしかしたら日本人て独特の劣等感からの誇示欲っていうものを持ってるのかもしれん。

個々人的な生来のものじゃないにしろ、例えばもし社会に意識があるとしたらその潜在意識下で。

そりゃまああんなけ歴史上日本人バッシングされたりだとか、かたや黄色人種でサル呼ばわりされたらそんなものも創出される気もする。

要するに、貧乏人は貧乏人で誇示欲もあり劣等感もあるからそれを隠すために金持ちバッシングして金持ちは金持ちで劣等感を何かもので隠すという誇示欲で劣等感を感じないようにしてるから、余計に貧乏人にバッシングされるという妙な悪循環はあるかもしれん・・・・。

よくテレビでセレブの家とか紹介されてるんだけれど、僕もそれを見て

あ~やっちゃってるなぁ

と思うのは意外にそういう人になれない自分の劣等感を解消するための防衛なのかもしれん。

かといって、それを認めて

わたし、セレブになりたいの

とかそういうふうにはならんが・・・・。

まあ貧乏人だろうが金持ちだろうが、例えばブランドものの何千何百万の商品を持つことによってなにかしら生き甲斐にでもなれば良いのかもしれん。

関係ないけれど、海外のインターネット関連の会社から日本のインターネット関連会社はバッシングされてる。

インターネットという媒介で商売するのに、なぜあえてゴミゴミした機能中枢都市に拠点を構える必要がある?

それこそお金と精神の無駄じゃないのか?

みたいな感じで。

それはもしかしたらヒルズ族に代表されるような一種のブランド的な志向が外国のインターネット会社からバッシングされとるのはそういう日本人の志向性が理解できないからかもしれんし

ただ単に黄色いサルとしか見てない

からかもしれんけど・・・・まあどっちでもええわ。





付記

嘘つき (2006/06/04)
昔、とある男子高校に通っていた連れが言っていた。

男子校にはハゲかホモしかおらん

と。

僕はその言葉を聞いて、圧倒的な偏見を持って

男子校生徒を

ハゲかホモ

として扱ってきた。

でもよく考えてみると、僕にそれを教えてくれた人物も男子校なのでそいつも

ハゲかホモ

なんだけれど、そいつは根っから女の子が好きだ。

男子校に通いはじめてからバスに乗って近くにおる娘は

自分のこと好きなんじゃないか?

と思う障害にあっていた。

たぶんそいつの中では、

バスの中

近くの女の子

痴漢

助けた自分

女の子が感謝

近くの喫茶店でお礼

好意のまなざし

秘密のデート

かもしくは

バスの中

目が合うあの子

いつもの停車駅で

いつもは降りないあの子

差し出される手紙

みたいなハッピーなことを考えてたんだろう。

こう実際書いてみるとキモいって言われるとアレなんだけれど、

イマジネーション豊かというかロマンチックなやつだ。

そんな男子校生のゴキゲンな彼が

男子校生徒はホモかハゲ

といった。

じゃあこいつもホモかハゲなんじゃねぇか。

これが俗に言う「嘘つきのクレタ人」(ちょっと違うけど)・・・・。

まあそんなことどうでもいいわ。
狂気のゲーム (2006/06/03)
最近、もう、暇な時はずっとやってる

テトリス

を。

ちょっとした時間、もう何度も何度も。

一時期携帯が変わったのもあってやってなかったのだけれど、一回とるとあかんね。

もう目をつぶるとテトリスの画面が写る。

あの非人間的で非生産的なゲーム、

ロシア人はとんでもないものを発明したなぁ

と思う。

とにかく面白い。

いや、別にもうおもしろさとかもどうでもいい。

ひたすらやれる単純さが良い。

最近のゲームは、やれ逃げろ、やれコンボだせ、やれ18R、やれスネークなど、やたらとコマンドも増えて、

久しぶりにやろう

という気にはさせない。

また思い出すのもめんどくさいし、実際プレイするといろいろゲームに対して気をつかわないといかん。

そんな時こそ

テトリス

だと思う。

別にテトリスじゃなくてもなんでもいいんだけれど。

やたらと単純なゲーム。

もう目的一つな(そこらへんは三国無双のやたらと人を殺す爽快感に通じるものがある・・・)。

そんでも昔のテトリスとちがって、だいぶ簡単になったと思う。

だって、くるくる回転させとけば下にくっつくことないからね。

だから容赦ないスピードでもそんなたいした難しさでもない。

初期のテトリスなんてほんとシビアで

ようやく全クリというとこでちょっと気がゆるむと今まで費やした時間がすべて不意になる。

というかゲームをやっていること自体不毛だということに気づかされる。

まあとにもかくにもとりあえずテトリスをやる。

ハットリスとかはやったらダメ。
電車が遅れてきた理由 (2006/06/02)
今日の朝はいつもより遅めに登校で良かったので

まあ電車すいとるやろうな

と安心していたらどうやら今日は電車が遅れているみたいで

待ち人でグッツグツ

それでも電車はなかなか来ない。

でも何か来たよ

警察が来たよ

事件があったのだろうかわからないが、

高嶋政伸風(ドラマ「ホテル」より)に言えば

姉さん、こちらでも別の事件が起きてしまいました

っていう感じで、もうそれはそれは電車の中がグツグツで、MANSANOBU風(ドラマ「ホテル」より)に言えば

face0.jpg


姉さん、今こちらでは大変なことがおこっとります

という風でまあアレやった。

あと、今日は授業でゲストがアフリカ人だった。

このネグロイドが

もうものすごいイケメン

でアレやった。

いやぁ、イケメンだった。

ウェズリー・スナイプスでも、はたまた黒かったころのマイケル・ジャクソンとかもう比にならん。

どうやらこの人は万博終わってこっちの大学で勉強しているらしい。

いやぁ、そんなことよりこの黒人、ほんとかっこよかった。

マイケル・ジャクソンの症状の逆に

だんだん皮膚が黒くなって

顔も変わって

いかんかなぁ・・・。

そんで

皮膚がぁ・・・・皮膚がぁ・・・

みたいにならんかなぁ・・・。

まあええわ。

そんで最近図書館で借りてきたフォーククルセイダーズの「メモリアルフォーククルセイダーズ」という、まあありがちなタイトルのCDを借りてきたんだけれど、非常に良い。

この人ら、ライブも曲も結構ふざけた感じのが多い(当時は若者から笑いが取れてたみたい)のだけれど、なぜか良い曲はとてつもなく良い。

それとは関係ないけれど、

おらーは死んじまっただー

の曲はこの人らの曲で

ひょっこりひょうたん島

もこの人らで、もしかしたら

やぎさんゆうびん

っていう昔よく歌った、

やぎさんが葉書を送り合って結局読まずに食べた

っていう曲もこの人らっぽい。

まあとりあえず良い。

そんなろくでもない話。

眠るSF短編野郎 (2006/06/01)
最近、妙に星新一のまえに読んだことのある短編集を読む。

一度読んだ文庫本とか分厚めの本ってなかなか読む気にならんのやけれどこの短編集は意外にその気になる。

読み返してみると

ダークな部分が多い

のだけれど、そんな邪悪さを感じさせないものがこの星新一にはあるのだろう・・・・。

人の怠慢がまねいた結果で恐ろしいことが起こったりだとかしても、なんとなくほのぼのした感じがある。

一回目に読んだときはただただ面白い面白いだったのだけれど、

2回目に読んだときは面白い部分はもう覚えている。

それでも飽きさせないのは

短編で起承転結がしっかりしている

覚えていたことよりさらに上をいく落ちがある

ことなんじゃないのかなぁと思う。

一度読んであらかた結末の予想は付くのだけれど、そっからさらに上を行くことが多い。

最後は毎回、ご想像におまかせするというか、ほんとに読者の言葉の想像力に頼らせることで、何回読んでも飽きさせることがないという感じ。

まあその辺がSF短編の重鎮な所以なんじゃないかなぁと思う。

あと、最近、山咲トオルの「戦慄!タコ少女」をまた読んだ。

はっきり言って、ギャグ漫画なんだけれど、正直面白くない(当時は面白かったのだろうけど・・・)。

そんでも絵は結構怖いのはさすがだなぁと・・・・。

というか一番怖いのは半身裸体で写ってる山咲トオル自身だと思う。




まあそんなとりとめのない話。
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