月別ログ_2006年04月分
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音楽は爆発だ。 (2006/04/30)
音楽は

ルックスだ。

いや、厳密に言ったら、音楽は全体的な絵面だ。

つまり「かっこよければそれでよし」だ。

今は、そういった絵面が良くないギターロックバンドもありつつ、ルックスだけのバンドもありつつでそんなことも言えないのだけれど、

間違いなく、それだけという時代は存在していたはず。

だからと言ってなんなんだという感じなのだけれど・・・。

昨日松尾スズキの初監督作品「恋の門」を観た。

映画自体はほんと松尾スズキっていう感じで、ストーリーは別に普通だったのだけれど、キャラが良かったから飽きなかった。

全体的にどのキャラも「松尾スズキ」っていうニュアンスが出まくりでほんとトんだ感じなんだけど、そういうキャラを主人公の松田龍平とか酒井若菜とか(もちろん松尾スズキ本人も出てるが)が演じてるのが良かった。

とりあえず、リアルに松尾スズキの勢いしか感じれなかった、そこが良かった。

ほんで忌野清志郎もなんかストーリーとはあんま関係ない感じのちょい役で出てて、後半になぜかミュージカルみたいになるところで、清志郎の独壇場になった。

ほんで車の上に清志郎とバックバンドが乗って、商店街みたいなとこを走っていく場面があるのだけれど、よくみたらバックバンドがサンボマスターやった。

ほんで、この映画、ものすごく主題歌が気に入って、良い感じのカッティングっぽいギターに熱いボーカル具合がマッチしとった。

かなり気になったもんで確認してみたら

サンボマスターの「月に咲く花のようになるの」という曲やった。

あのルックスを思い出して、軽く愕然としながらも、「良い曲やったなぁ」というこのバンドへの気持ちの高鳴りを感じ、いろいろ曲を動画でさがしてみた。

うーん・・・・・「月に咲く花のようになるの」みたいな感じなのがないねぇ・・・。

そんでもってあのルックスで暑苦しい感じなのである・・・・。

こうなると、だいたいの曲の題名が狂ったように長い題名ばかりなので、そこもうっとうしくなってくる。

そんなこんなで、音楽はやっぱりルックスが根底にあるんじゃないかと再認識するはめになった・・・・まあさっき言った曲は好きやけど・・・。

どうもこんばんは。

さっき「笑いの金メダル」か覚えてないが、久しぶりにそっち系のアレを観たけれど

ちょっと悲しくなった。

そもそもネタをやる時間がテレビなので短いのもあるのだけれど、僕が昔しょっちゅう観ていたヤフーの動画(だいたい一個10分くらい)よりもかなり

やる気が感じられん・・・。

レギュラーのあるある探検隊のこっちに顔を向けた瞬間のあのやる気のない顔と、行進やめるときのあのやる気のない止め方。

僕は別に評論家でもないのでアレだし、M1みたいに笑いのポイントとかをさも研究家のように述べてしまう審査員たちのようには語りたくないのだけれど、

前はもっとあんたら必死な感じじゃなかったか?

と問いたい。

というかやっぱりテレビだと時間が短いでしょうがないのだけれど、「間」がものすごく無い。

僕は、「微妙な仕草」が妙にツボに入るので、そういう「微妙な間」とか表情とかが好きなのだけれど、時間が無いもんで、詰め込み詰め込みで妙にダラダラ~っていう感じがしてしまっただけなのかもしれんが・・・。

うーん・・・・

お笑いライブDVD

が欲しい。

と思った。
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モバイルな関係 (2006/04/28)
今日、ふら~っという感じで本屋に行った。

いろいろなめ回すように物色したのだけれど、結局特に買うものを決めてなかったので、欲しいものは特になかったのだけれど、せっかく来たからという理由でレッチリのアンソニーが表紙の「CROSS BEAT」を買おうと思い、僕はレジに並んだ。

レジには先に女性が並んでいてその女性は携帯電話を手に持ち、電波の先のアノ人とお話中。

別に盗み聞きしていたわけではないが、いや、もうこの際盗み聞きでもなんでも良い、彼女はこう電話の相手に話した

「え?今?バーミヤン。」

と。

え?この人?今・・・・バーミヤンって言ったよね?

僕の中で彼女の一言が引き金となり、いわゆる哲学者ソクラテスの有名な問答法かどうかはわからないがとにかく自問自答が繰り返される諸行無常、よみがえる性的衝動

いやいやこんなこと考えてる場合じゃない。

今こいつ絶対バーミヤンって言った。

この一言から推測するに、相手は

「今どこおんの?」

と言ってる、

「今、あなたは、どこにいますか?」

だ。

彼女はその答えとして

「え?今?バーミヤン。」

つまり

「私は今バーミヤンにいます。」

と。

あの中国っぽい雰囲気のである。

しかしながらここは本屋、中国っぽい雰囲気もない。

いやいや落ち着け、電話で自分の居場所を虚言するのはよくあることじゃないか?これは普通のことだ

僕は自分に言い聞かせる。

バーミヤン・・・・バーミヤン・・・・バーミヤン・・・・。

あえてそこでバーミヤン?

もっといろいろなところがあっただろうに・・・。

そこでバーミヤン?

中国っぽい雰囲気のファミレス。

落ち着け落ち着け、もしかしたらバイト先かもしれん。

そんな自問自答が繰り返される。

レジの人も「バーミヤン」に気づいたらしく、なんかこのあたりの空気に妙な感じを覚える。

この女は、

バーミヤン

と唱えることによってこのあたり一帯をサイケデリックな世界に変えてしまったのか・・・。

そんなこんなで、「バーミヤン」女とレジの人、僕というこの相互関係が全くないのに妙な関係。

バーミヤン女は自分が言ったことが周りに気づいているのかいないのか、スーンとした態度で去っていった。

これは、もしかして高等なテロリストボケだったのかもしれん・・・。

僕かレジの人は、あまりの状況に無視する結果になってしまったが、本当はバーミヤン女は

「あえてバーミヤンかよ」

というツッコミを半ば期待していたのかもしれん。

まあとりあえず

電話ごしに「今バーミヤンにいる」というやつは嘘ついてる!

どうもこんばんは。

ジャッキー映画「ヤングマスター」を見た。

どうせなら見たことないやつ借りようと思ったのだけれど、一度「成龍拳」というジャッキー映画の中で僕が「最高にクソな一本」というレッテルを貼り付ける結果になってしまったことがあるので見たことあるやつにしといた。

うん。

若い頃のジャッキーもなかなかやっぱり良いね。

僕は「酔拳1・2」が好きで、笑いどころ満載(酷すぎて)なのが好きなのは「少林寺木人拳」というやつ。

まあ、おすすめはしんけど。
がんこ親父はどこ行った? (2006/04/27)
今、日本はラーメンの時代だ。

日々、世の中のトレンドを追求する若者たちはラーメン店の情報を物色し、その味に舌鼓を打ったり舌鼓を打ったりしている。

関係ないが舌鼓、

1 うまいものを飲食したときに舌を鳴らす音。

2 不満げに舌を鳴らす音。舌打ち。

という矛盾する二つの意味を兼ね備えているので、妙に不条理な感覚に陥るのであえて二つ使わせてもらった。


話は戻る。

マス・メディアはここぞとばかりに利益をねらって、ラーメン特集をくむ。

そんなこんなで昔、僕がたまたま行った新しくオープンしたラーメン店は、なぜかその味で、雑誌に紹介され(もしくは金を払ってしてもらって)、

「こんな店二度と行くか」

と思った僕の思いをよそに、なぜか賑わいをみせた。

まあ、僕の周りの人々の感性が他の人たちと違っただけなのかもしれない。

僕は、味音痴ではないと言い切れる自信はない。

話は少し変わるけれど、別に最近になってラーメン特集がテレビでやり始めたわけでもなく、まあ規模的には今よりも小さいではあろうが、結構僕がそれなりに、情緒不安定な少年であったころもやっていた。

そのときに印象的だったのは、

がんこ親父の営むラーメン店

である。

味にこだわるがんこ親父。

おいしいものを提供し味わって頂きたい一心で、客には食べてる間は水の一滴も飲ませなかったり、会話禁止やらいろいろ客に強制するのである。

味はもちろんおいしい(とレポーターは言ってる)。

僕がそんなにテレビを見ていないせいかどうかわからんが、昔は結構とりあげられてたような気がするが、ここ数年いっこうに僕の前に姿を現さなくなった「がんこ親父」。

僕は思うのだけれど、

実際つぶれたんじゃない?

がんこ親父の気持ちもわからんでもない。

自分が丹念に研究(したかどうかはしらんが)し作り上げたラーメンの味をお客さんにちゃんと味わってもらいたい一心なのである。

でも

楽しく食べれなけりゃ二度とこんだろ?

と思う。

そんなことを言ってもがんこ親父は

来たくないやつは来なければ良い

とまで言う。

まあ、そんな傍若無人なルールしいとりゃさすがにそう言わんといかんだろう・・・。

当時の僕の記憶では客は基本的に(まあテレビだから来たくないとはいえんだろうが・・・)

集中して食べられる

だのこの殺伐とした環境に対して肯定的な意見が多かった・・・・というより全部肯定的だった。

僕は思う

いやいや大衆食堂ですよ?

おまえらは一体何者なんだ?

と。

僕にはどうにもこうにも、無理矢理好きと言わされてる、もしくは勘違いしているとしか思えない。

要するに、極論的に言ったら、精神病の人の描いた絵は独特なものがあるだとか、芸能人がちょっと絵を描いたりすると「やっぱすばらしい」とか思っちゃうような感じがする。

あんたらは

会話もろくにできん

水一杯ものめん

ようなところにわざわざ味が良いだけの理由で行きたいのかと問いたい。

僕は、そんなとこ行かずに、会話もできて水も腹パンパンに飲めるおいしい味の店に行く。

なんであえて、いわば吉野家のような「腹を満たすために行く」ところの殺伐さをルール化された店に行く?

と。

まあ・・・・僕はどのみちそんなとこいかんでええんやけど・・・。

どうもこんばんは。

そういえば、さっきの話の続きになるが、僕は基本的にカレーライスが食べ物の中で特に好きなのだけれど、古くからの友人にラーメンが特に好きという方がおる。

その友人だけに限ったことではないけれど、好きな食べ物を言う時に、僕の友人間だけなのかもしれないが

カレーとラーメンどっちが好き?

という話になる。

そんで、その

「ラーメンはくどいからこそ良いのだ。コクがあって後味さっぱりなん て認めない!」

と昔言っていたそのラーメン好きの友人とは、その問題になるとものすごい議論になる。

なぜだ?

よくよく考えてみても、

A「ラーメンの種類で何が好き?」

B「私は豚骨醤油が好きです。」

A「うっそー!マジで、俺も豚骨醤油。気が合うねー。」

(ちなみに僕はみそ汁っぽいという理由で味噌が好きだが・・・)

というフランクな感じの議論になるなら分かるが

あえて、カレーとラーメンの異種格闘技になるのが多いのは何でだ?

まあ別に良いが・・・僕はカレーライスが好きだ。

デンジャラスおばあちゃん(とおじいちゃん) (2006/04/26)
今日帰りにバスに乗ってたら

おたキッズに囲まれたよ。

まあたぶん僕より年上か同い年くらいやと思うけど、かなり新鮮だったのが一人のメガネかけてるトレンディ系おたくの人が

1992年のヴェルディ川崎のリュック

持ってた。

関係ないが、アレかね?

今おたくファッション業界でブームなのは

ジーパンっぽいパンツ

なの?

いや、全員が全員そんな感じのやつ履いてたから。

まあそんなどころじゃない。

最近流行の「高齢化問題」。

新しい高齢化問題を発見した。

高齢化問題によっておじいちゃんおばあちゃん(あとおばさん)が増えると

必然的にデンジャラスな高齢者も増える

よ。

いや、もうすでにデンジャラスじゃなくてバイオレンスまできているかもしれん。

そう、このまま日本が高齢化が進んでいけば

マッド高齢者(あとおばさん)天国

になってしまう。

世の中には、優しくて、かわいらしいおじいちゃんおばあちゃん(あとおばさん)だけじゃなくて、タイ人のキックボクサーのようにシャレがつうじん老人(あとおばさん)もいるわけである。

堂々と並んでいる間に割って入り切符の買い方が分からなくて悩んで立ち往生して後ろの人を困れせる高齢者たち(あとおばさん)。

平気で車道にはみ出してぺちゃくちゃ井戸端会議を始める高齢者たち(あとおばさん)。

フラフラと狭い車の間をぬっていこうとする原付にのった高齢者たち(あとおばさん)。

もう我がもの顔で

「私はあんたより2倍も3倍も長くいきてんのよ。もっと親切にしなさい。」

と言わんばかり。

危ないから注意したところで

「あんたたちより長く人生送ってるから経験豊富なのよ。ちゃんと危険がないか確認してるわよ。」

で、

あーろくな人生経験つんできてないんやろうなぁ

と感じるときがある。

困ったときは伝家の宝刀「年寄り」で道を開き、客観的に危険だし迷惑なときはもう知らん顔なのである。

さすが高齢者(とおばさん)!人生はあつかましく生きないと損っていうのを知ってる!

とまあこんなことを、最近車に乗ってて危うい高齢者(とおばさん)に直面する場面によく思う。

どうもこんばんは。

最近授業で「地球科学論」なんやけど宇宙を勉強してる。

宇宙は良いよ

広いから。
しゅーきょー!!(せーとー!!) (2006/04/25)
まああんまり詳しくないし、政治家なんて世襲みたいになっとるやん?

政治家の親を持つボンボンが政治家になったところで、正直社会的アッパーなんやでダウナーのことなんかわかるわけないやん?

的な感じなのだけれど、この前の選挙では民主党が勝ったよ。

まあ敗因は武部のおっちゃんの出勤前じゃんけん作戦らしいんだけど、

え、あんた、暴力団関係の人?

みたいな感じで目を伏せられながら通り過ぎていくサラリーマンたち。

まあ許してやってくれ、武部のおっちゃんも寂しかったんだろう。

僕は思うんだけど

カイジのじゃんけんカードシステム

を使ったら結構効果あったかもね。

まあ武部のおっちゃんも寂しかったんだからしょうがないけど、正直

自転車乗ってた小沢のおっちゃん

とあんま変わんない。

そういや日曜日にやってた実写版の「ちびまるこちゃん」に女王の教室に生徒役で出てた子が二人くらいおったよ。

さて、自民が勝つか民主が勝つかそれとも共産党が勝つか、いろいろてんやわんやになってるらしいけど、分かってることはみんな一つ

勝った方に公明党がつく!

かっこいいぜ公明党。

ナイスガッツだ公明党。

日本が誇る

強いものにはまかれろ根性

全開の公明党。

きっと君たちはスマップも言うようにナンバーワンじゃないけどオンリーワンだぜ!!

いつか・・・・いつかきっと・・・・支持される日が来るって

創価学会・・・orz

うん。

金に汚い・怪しい・マチャミ、と小綺麗な感じで三拍子揃った創価学会。

公明党はしばしば創価学会絡みの宗教政党だと、指摘されてきていますが、

証拠だせ証拠を!!

と溢れんばかりの情熱で立ち向かっているわけです。

僕は、夢に見る・・・

いつか公明党(別に創価学会でもどっちも一緒だでどっちでもええけど)がオウム真理教(今はアーレフやったっけ?まあ僕の好きなアレフは所ジョージの方やけど)みたいに

レーザー銃を作って

アメリカにねらわれてるって言って

そうはいかんざき

みたいな感じになることを・・・・。

そしたら

僕は

僕たちは

全力をもってたたきつぶす!!

そんでもって「ウィーアーザワールド」なんか歌ったりしちゃう。

あー早くボロだしてくれんかなぁ・・・・全国民(まあ参加してない人たち)の期待である。

どうもこんばんは。

最近肩こりが妙にひどくて

あー車のシート、マッサージチェアーにならんかなぁ

と思う。

ここは軽く店舗が葬儀屋っぽいレクサス(まあトヨタ)に発売してもらうしかないな・・・・。

車洗いとデンプシーロールからみる現代の封建制 (2006/04/24)
今日は良い天気だ。

まったくもって良い天気だ。

こんな日はどうする?

どうしちゃうよ?

授業もなーい、仕事もなーい、ないないばかりで気にならなーい。

こんな日はどうしちゃうよ?

ここで僕の出した結論

そうだ、車を洗おう。

なんだ、このJR東海にも負けないような圧倒的開放感は・・・。

そうだ、今日という今日こそ車を洗う。

明日テポドンが打ち込まれようとも、日米安保条約が破棄されようとも、僕が今日できることは車を洗うことだけである。

なんと言われたってかまわない

そんな歴史的使命感とともに僕が洗車に望もうというとき、

オトン「じゃあもう一台も洗っといて」

ここでもし僕が一般アメリカンなら

「シャラップ!てめー何いってんだこのやろう。全くファッ○なこといいやがって。」

と、まあネイティブアメリカンを迫害しといて勝手に独立宣言をしたヨーロピアンばりの理不尽なメリケン思想を大いに爆発させていることだけれども

ここは協調と無関心の国、日本

というところになんとか立ち返り、

飯を食わせてもらうご恩と代わりの奉公という現在にもミクロ的・・・いや集団最小単位としての家族というコミュニティの中には生き残る封建制度を感じながら僕は2台の車を洗うことになった。

この二台の車、一台は「軽なのにこの広い空間」を売りなちょっと大きめの貨物っぽい車。

もう一台は、関口宏の東京フレンドパークでおなじみ「パッジェッロ。パッジェッロ。」よりも一回りくらい小さい「パジェロイオ」(こっちが一応僕の、ちなみに車はもう一台あって、これがフレンドパークでおなじみの「パッジェッロ。パッジェッロ。」だ。)。

というわけで、阿藤快に言わしたら

なんだかなぁー

という感じの大きさなのである。

ついでに言えば、2週間くらい前の黄砂がひどいとき、あえて洗車をしなかったツケ

特に僕たちの中坊時代のような

目指せ、美化精神

ではやっておられんので、まあ適当に「怪物くん」って実際どうなのっていうことを考えながらやった。

「怪物くん」

みなさんは知っているだろうか、このアニメ。

まあ、「怪物くん」という怪物ランドの王子が悪者をやっつけたりする(たぶん・・・)アニメなのだけれど、

僕は気づいてしまった。

ようく見て、読んで考えて欲しい。

主人公は「怪物くん」

なのだ。

ようは怪物と自称しているわけだ。

怪物っていうのは

1 正体のわからない、不気味な生き物。

2 性質・行動・力量などが人並外れた人物。

のどちらかなんだけれど、まあ怪物ランドからわざわざ来てるので、2ではない。

要するに怪物くん自体が「怪物くん」と自称し親も親で「怪物」と名付けたのである。

自分の息子に「正体のわからない、不気味な生き物。」と言う意味の名前を付け、まだ年端もいかない幼い「怪物」少年はそんな「怪物」という意味を知らなくて、周りに

僕の名前は怪物だよ

と触れ回っているのである。

僕はこの答えを導いた時

悪魔ちゃんと名付けられた子どもってどうなったかなぁ?

と思った。

まあそんなことはともかく「怪物」と名付けられた子どもはたぶん近い将来グレる。

間違いなくグレる。

そしてグレたのを社会とか世間とか現代日本だとか怪物ランドに責任転嫁するのでなく

親が自分に「怪物」という名前をつけたから

とするのだ。

嗚呼、なんと悲劇的な・・・。

と、思いながら頭の中で

「か~いかいかい か~いかいかい 愉快痛快怪物くんは~ 怪物ランドの~・・・・・」

「か~いかいかい か~いかいかい 愉快痛快怪物くんは~ 怪物ランドの~・・・・・」

と途中から歌詞がわからなくなった(たぶん「プリンスだい」だったはず)のでそこまでをループしながら哀愁をこめて頭の中で反芻していたら、

いつのまにやら車はきれいになっていた。

途中さすがに、めんどくさくなって、この車がもしうちの車じゃなかったら、僕は幕の内一歩ばりのデンプシーロールで無限の軌道を描きながら(最近「はじめの一歩」をよく読む)、ファイナルファイトがごとくこの車たちをボコボコにしてやるのになぁと思うこともあった。

まあ、時間の経つのは早いもんである。

どうもこんにちは。

そんなこんなで、もう三時になった。

過去に見るものは (2006/04/23)
なぜかオトンの散歩につきあうことになった。

まあオトンから見れば、一人で散歩もつまらんので僕を連れて行ったわけで、

道ばたにウ○コもしないし縄張り争いもしない犬っぽい感じで連れて行ったのだろう。

まあそんなことはおいておいて、懐かしい小学校への通学ルートを通りこれまた懐かしい中学校への通学ルートを帰った。

こうしてじっくり歩きながら見てみると、家の周りはそれほど変わっていないことに気づく(変わってるところももちろんあるが・・・)。

昔は防空壕だと思い、ちょいちょいと怖いおっさんがおるという噂だった火薬庫。

威厳や怖さやアナーキーな部分を誇示しようと書いたのだろうけど

「you are ded」

と思いっきりスペルミス(文法自体もかなり疑わしい)をするちょっと悲しい地元ヤンキーのいたずら書き。

いろいろと思い出す登下校中の僕のやんちゃっぷり(まあただのバカみたいに無茶な行動としか思えないが・・・)。

そんなことを思いつつ、要するに過去の僕と今の僕は思っていることが変わった部分と変わってない部分がある。

僕がまだ小学生のころに作られた新しいトンネル(補修して歩道のみにしただけだが・・)を通る。

なぜかこのトンネル作りに参加することになった地元小学生の僕たちは、内装に書かれる絵を各学年各組で描いた。

当然僕の絵も一つその学年の中にある参加しているのだけれど

マーブルで非常にポップな魚っぽい生き物

なのである。

まあ一応海の中の生物を一人一つで描くことになっていたと思うので、僕も描いたわけなのだが、まあこれが

夢に満ちあふれた明るい絵

なのである。

今の僕なら、こういう状況で絵を描くのならば、どうしたら通行人に不気味なイメージを持たせ、不安をあおらせられるのか考えつつ、周りが夢と希望に満ちあふれたネバーランドみたいな感じの中で、世界に存在する一つの混沌とした人間性を強調するある意味、マイケル的なネバーランドとキュビズムの融合を演出するだろう。

だが、当時の僕はそりゃあもう純粋無垢な天使的子どもだったのだろう。

なにしろ明るい色で明るいタッチ(まあここは想像だが・・)で描かれた僕の絵は、非常に一体感をマッチングしつつ、うんたらかんたらなのである。

昔の僕は今の僕になるなどとはどうもこうも予想していなかっただろう。

昔のころの僕が今の僕を見たら

うわぁーこのおっちゃんこわーい

という感じで比較的ポジティブなノリで接してくるだろう。

でも今の僕はきっとそんな昔の僕に対して

うっせーボケ。てめー拉致るぞ!

と一蹴するはずだ。

なかなか時がたてば人間も変わるもんだなぁと思った。

どうもこんばんは。

映画「サマータイムマシーンブルース」を見た。

たしか去年の夏頃に結構僕はこの映画見たい見たいと騒いでた記憶があるのだけれど、やっぱり見には行ってない。

だからこそ借りたんだけど、おもしろいね。

話的には、若者たちがタイムマシーンで昨日に行ってクーラーのリモコンをとってくる(壊れたから)っていう話。

タイムマシーンといえば、どっかの海外の映画でやたらとCMで押しまくってた「タイムマシン」(たしか・・・)という映画があった。

この映画は、もうほんと駄作も駄作で、死んでしまう恋人を助けるために時間旅行をするんだけど、最後はなんか地底人と戦っちゃうという、金だけかけておいてそりゃないっすよ的映画でまさにアメリカ的なくせになんだかそれにもノリきれてない、要はB級にもなれないかなり見窄らしい映画だった。

しかしこの「サマータイムマシーンブルース」はひと味違う。

たぶん制作費については調べてないが、確実に「タイムマシン」の方がアホみたいに金をかけてあるはずだ。

省エネでパワー抜群なのである「サマータイムマシーンブルース」は。

なにしろ、タイムマシンを発見しといて、

「じゃあ、とりあえず昨日に行っちゃう?」

的な若者の気取らない感じなのだ。

内容的にもうまくつじつまが合うような感じでそれこそ、意味もなく地底人と戦うはめになっちゃう主人公は存在しない。

要するに僕が言いたいのは

あんなバカで間抜けなアメリカ人(まあアメリカ人かどうかはしらんが)が作ったような作った方も見る方もかわいそうな感じの「タイムマシン」を見るよりも「サマータイムマシーンブルース」を見た方が全然充実した映画ライフを築くことができるはず。

さっきも言ったが、「タイムマシン」はB級とかC級とか言う

「こりゃひでぇ」「うわぁーまじつまんねぇ」「何これ?」

的なノリじゃなくて

見た後にいやぁーな後味の悪さしか残らない

から注意しろってこと(見るなら)。

ジャズとルパンとCMの関係 (2006/04/22)
「ルパン3世 カリオストロの城」というジブリの作品を見たことがあるだろうか?

まあ普通僕と似た世代だけじゃなく結構一般的にこの作品を見たことない人は北にある国だったら有無を言わさず死刑になってるくらい有名なんだが・・・。

まあそれを、ひょんなことからレンタルすることになり後で

探したらダビングしたのがあることに気づいた。

まあそんなことはどうでも良いんだけど、この映画、たぶん他のルパン作品よりも音楽と動きのコラボレーションが多い。

音楽的に見たらたぶん「ルパン対クローン人間」よりも上位にランクインされるくらいだ。

まあ詳しく調べてないけど、間違いなく音楽の担当は大野雄二大先生なわけで、

こんなもん大先生しか作れない

くらいのレベルなんじゃないだろうか・・・・まあかなり主観が入った見方やけども。

もともと大野雄二はジャズピアニストからCMの音楽製作(当時はこの流れが多かったらしい)をやった経験があるからできる芸当で、CMの音楽製作に入ったけれど、きついからやめたという人も多いらしい。

CMは基本的に時間が短いのと分かりやすいという2つの重要なところがあるそうで、はじめに作られた映像に合わせて、それに邪魔にならないようにかつぴったり合ってしかも分かりやすいっていうのがポイントみたい。

分かりやすいっていうのは例えば、カレーの宣伝ならば、インドっぽいなぁと一般的に感じられる音楽(だから実際のインド音楽ではない)をうまいこと作る必要があったりして、大野雄二自身も、1ヶ月にかなりの量のレコードを聴くことで経験を積んできたそう。

話は映画に戻るのだけれど、CMと同じで、映像が作られたあとにそれを見て音楽を作る。

有名なルパンが城の屋根をかけていってジャンプ、それで別の塔にたどり着く場面とかはじめのカジノから逃げ場面のハードルみたいなのを飛び越えるところとか、いろいろ合わせるのが難ある場面にもカチっと合わせてしまう能力というのはCM製作で培った経験と試行錯誤を繰り返したたまものだと思う。

ちなみに僕はカリオストロで流れるルパンのテーマが一番好きで(まあ主題歌は「炎のたからもの」なんだけれど)あんま流れないのが残念なんだけれど、とにかくえらいかっこいい。

まあそんだけだけど・・・。

どうもこんばんは。

とくに書くことないでまあええか・・・こんなけで。

付記

キムチの国から挑戦状 (2006/04/22)
さて、どうもキムチの国から日本に対して挑戦状が叩きつけられたようです。

竹島問題っていうな。

まあ竹島問題は昔から続いているのですが、どうもキムチの国の人たちは妙なチャレンジャー精神で打倒を志しているようです。

それはキムチの食べ過ぎで新陳代謝の異常活性化して元気満々やる気絶頂状態が原因なのか、豚肉の食べ過ぎで(ちなみに僕が韓国人の人らとバーベキューやったときに焼いてくれた豚肉は絶品だったと思う)栄養過多なのが原因なのかは知らないのだが

政治家・大人・子どもまでやる気満々

なのである(まあ世論形成で抗日意識を植え付けてるから、学校教育でさえ、予定を変更してこの問題をやるらしいから、世論形成目的で・・・・たぶん)。

もうやる気満々でさすが旅行先にまでキムチの壺を持っていくと言われている(信憑性についてはわからんが)キムチの国の人たち。

そこらへんの元気さは見習いたいものである。

話は戻って、竹島問題、キムチの国の政治家は国連で問題解決をはかるとかそういう気はないという意思をはっきりさせたよう。

うちのオトンはキムチの国は日本に対して常に上にいたいと思ってるから要は日本に実力で勝ちたいのだよと言っていた。

とりあえず、国連で問題解決をはかる気がないのは

1・実際キムチの国はそういう場で勝てるような論拠がない
2・さっき言ったように日本を打倒視するチャレンジャー精神がある

のどっちかなんじゃないかなぁと思う。

さて、竹島の問題は日本については漁獲のアレがあると思うのだけれど、この問題自体、どうにもこうにも複雑なよう。

流れ的には

もともと韓国の支配下だけれど、国内的には税金を逃れて島に渡るものが後を絶たなかったことと、対外的には倭寇による襲来から島民を守る為とかそういう理由で無人島政策をずっとやっとった

               ↓

そんな無人島になった島を江戸時代にある日本人が発見、新らしく発見した島だと思って、幕府の許可を得て経営がはじまる

               ↓

明治になって竹島が国際的にも日本の領土と認められる。

               ↓

二次大戦敗戦後、GHQの手によって竹島は日本の行政権からはずされた。

               ↓

これを口実に李承晩(イ・スンマン)韓国初代大統領は海洋主権の宣言ライン、「李承晩ライン」を設け、韓国は竹島周辺海域の水産資源を得る。

この「なんちゃらライン」っていうのから問題が始まったようで、日本からしてみたら、

「そんなのキムチの国の不法占拠じゃないか?」

と、えなりかずき風に言うとこんな感じ。

そんな感じで僕にはようわからんし、キムチの国は

「日本刀は我々の国から伝来していった」

とか

「マンガは我々の国が発祥」

とか辛いもの食べ過ぎてケツの穴が痛いもんでそんなことばっかり言ってるから正直

疑わしいっちゃあ疑わしい

感じ。

まあ僕には別にどうでもええことなんやけど

わざわざ独裁者の国が口ださんでもええやろ!太った井上陽水みたいな容貌しやがって!

とか

ただ単にあんたらは騒ぎたいだけじゃないんか?この元被支配のコンプレックス丸出し野郎ども!↓

67.jpg


という思いも多少はある。

こんなこと言ってるとアレやで断っておくが僕は

フランクな感じで円満に解決してくれれば良い

とは思ってるよ。

ただ、こうも思うといっているだけで。

まあとりあえず、僕が一つ、ただ一つ言いたいことは

怖いのならあえて火をつけるまでしんければええんじゃない?↓

67.jpg


と。

どうもこんばんは。

川端康成の「伊豆の踊子」を読み終わった。

難しい。

今まで読んだことある古めの本ってのは難しいというよりまず

言葉がわからん

っていうそれ以前の問題だった。

とりあえず、誰がしゃべってるのかわからんくなったり、展開が急やったりするもんで何度も読みなおさないかんくらい難しかった。

短編で5話収録で、内容もおもしろかったやつも結構あるし、川端康成について、軽くなんかの教科書で読んだときの特徴というかそういうものは、「あ~たぶんこういうことなんやろうなぁ」くらいは理解はできた。

なにぶん、川端康成自身が生きた時代だもんで、そんときの文化やら風習やら流行病やら言葉(言葉については最後に説明があったもんで苦労しんかったが)違ったりするもんで、あーこんな感じなんやなぁと。

例えば、旅芸人とかがよく出てきたり(結構差別されてるらしい、女性は芸を売るついでに体も売る)、まあ売春宿みたいなところとかいろいろ。

話としておもしろかったのは「伊豆の踊子」は昔ながらの男女関係やら日本の粋な感じのつかず離れずみたいなノリが良かったし、「死体紹介人」っていうまあ死体を大学とか病院の研究に売ってまう話がちょっと残酷性というかまあ道徳的に悪っぽい感じもあって良かった。

あとは、まあ川端康成本人(たぶん)の「16才の日記」っていう、祖父が死ぬ間際からの日記とか。

まあとりあえず、もう

「よし、我輩は文学が読みたいのである」

という気力体力ともに妙なテンションな感じなときにしか古い本は読まんようにしよう、疲れるから。
政治が絶望的に下手くそな日本人 (2006/04/20)
ある教授が言っていた

最近の若者は政治に興味がない

と。

そんなことなぃょぅー!ぁたし政治に興味あるょぉー!

的なことを思う人も当然おるのだろうけど

ちゃんとデータから出した結論なんだ!このアバズレ!

とその教授は誰も何も反論していないのに軽くご立腹だった。

まあそんなアバズレ教授に

どの程度の政治範囲?

どの程度が興味あるって言えるの?

と問いたい。

激しく問いたい。

おまえそんなに切れるってことはテレビみて

いやぁー最近テレビ見てたら民主党党首が代わったんだよ、次の選挙は混戦になるかもしれないなぁ、ところで君は安部か福田がどちらが次期総理になると思うかね?

くらいで興味あると認められるとか言うなよ、このハゲと。

まあ実際、若者の方が政治に興味なさそうやけど・・・・若いから。

僕の偶然手にしたとある本に「政治が絶望的に下手くそな日本人」とかそんな感じのコラムがあった。

それは、日本人と中国人とを比較して、日本人は協調性、中国人はリーダー性かなんとかを社会的な教育の方向性で持ってるからどうのこうのとか言っていた。

正直、あんなカンフーしかやってないような国と比較されても困るのだけれど、別に問題はそこにあるような気がしない。

どちらかというと、全体的に政治には関心があろうとなかろうと、政治に関わるという興味がないような気がする。

もちろん選挙には行くけれど、投票するだけ投票して、それで終わり。

後は見守り責任転嫁。

関係ないけど、「転嫁」っていう言葉はいろいろ歴史的なにおいがする。

要するに、はじめに言ってた政策論だけ聞いて選んだ後はほっぽって問題がある議員をテレビで報道されたら

あんなやつクビにしてまえ

である。

だから選挙に出るやつは正直、はじめによろしげな政策だけ「やりますやります必ずやります」って言って支持を得て、当選したらなんにもしなくても(まあ仕事はやるが・・・)別に問題はないのである。

問題は起こしてはないから。

そんでもって、別にくだらん議会放送をそこまで真剣に見続ける人も少数なので、正直寝てるやつがおってもかまわん感じ。

議員の多数はじいちゃんだ。

暖かい議会の会場でついウトウトと三途の川を渡りそうになるじいちゃん達。

そのまま渡りきってくれれば、税金も削減されることだろう。

じいちゃん達は思う

おれを当選さしたおまえらが悪いんじゃ

と。

まあ言い過ぎかもしれないが、そういうのもまた事実の一つなのである。

たぶんこの辺はただ単に「政治に興味がある」くらいでは意味がないっていうことの理由の一つ。

現総理大臣は結構アメリカの記者たちから「人気だけの総理」的なことを言われてるらしいね。

まああんなけテレビに出て、アレ(今日はでんじろう先生となんかやってたけど)なんやで、まあ叩かれることもあるんじゃない。

ふとある人をテレビで見て思ったのだけれど、

政治に狂信的になるのは良いかもしれんが

政治家に狂信的になったらあかん

と。

その代表としては、やたらと鈴木宗男に固執する男

松山千春

なんだけど、あれは悪い見本だ。

あのハゲ親父にもハゲ親父なりの理由があるのだろうが、政治家と精神的に繋がっちゃああかん。

まあ政治に関心がそれほどない僕があんまグダグダと言っててもアレなんやけど。

どうもこんばんは。

最近新たなキャラを確立させようといろいろ考えてる。

とりあえず、すれちがう人が

「まさか此奴・・・・傭兵上がりか?」

という感じて結構かっこいいんじゃないかと思って

傭兵→ふてぶてしい感じ→ふてぶてしさ→ヒゲ

と思いヒゲを伸ばしてみた。

どうやら失敗したようだ・・・・orz
黒猫のタンバ (2006/04/19)
満員電車に揺られる2週間目。

世の中には実にいろいろな人がおる。

僕から見てだけなのかはたまた全員が思っているけれど僕のようになかなかその辺につっこむ勇気がないのか、もしかしたら他者の目から見た僕は変な人の一人なのかそんなことはどうでもよくやはり変な人というか、妙につっこみたくなる人というのはいる。

今日もやっぱりいた。

今日日ニンテンドーDSなんて流行らねぇーよと言うばりに笑顔で満員電車で押されながらゲームボーイアドバンスをやっちゃうメガネくん。

もしかしたらこいつアレなんじゃないかと思っていたらやっぱり

魔法おばば

な感じ容貌のたぶん若い子。

毎日毎日よく見れば結構いろいろな人がいて、ああこの前見た人だわっていう人がおらん。

そして僕の今までの経験の中でもかなりハイレベルな人に地下鉄に乗りかえた時に起こった。

それはちょうど僕がビルゲイツだったら茶目っ気で

骨の溶けるほどに愛しているよ、コカコーラ

っていう曲名で自費製作でCDデビューするんやけどなぁ、なんでビルゲイツ本人はやらんのやろ?

なんていうことを考えてるとき、ちょうどどっかの駅に着いたらしく、満員電車でぎゅうぎゅう詰めの日本人たちがいなくなった。

そんでもって視界が広がるわけだけれども、僕の視界の中に

ジーパン

革ジャン(薄い茶色っぽいやつ)

色メガネ(むらさきがかってる)

そして

丹波哲郎似

06.jpg


(注:写真は丹波哲郎本人)

の老人が飛び込んできた。

こいつはワイルドでかっこいいぜ!

というかはじめリアルに本人かと思った。

これが最近流行のちょい悪丹波かぁと思った。

ちょい悪親父なんて目じゃないぜ!ちょい悪丹波!

丹波似という要素にワイルドというちょっとばかしの味付け



圧倒的なカリスマ丹波感

嗚呼、きっとこの人は夜になると、どこかのバーでワイルドターキーのロックを一杯ひっかけながら大霊界について語りながらハクいスケ(古いな・・・)を口説くんだ。

なんてかっこいいんだ!ちょい悪丹波!

最高だぜ!ちょい悪丹波!

ジミヘンだって

「君こそロックだ!ちょい悪丹波!」

っていっちまうぜ!

カート・コバーンが生きていたら

「君こそ僕の求めていたロックさ」

って自殺しなかったぜ!

すごいよすごいよちょい悪丹波!

オリジナル↓だって勝てねぇぜ!ちょい悪丹波!

opsds085.jpg


今日もカリスマちょい悪丹波は、地下鉄に乗って出会った女に大霊界について語る。

どうもこんばんは。

まあこれ以上語ることもない・・・。
身の代と遺す桜はよ(淡い墨となり編) (2006/04/18)
なぜだか理由は分からんが、オトンが桜を観たくなったそうで

あーそろそろ老年の父もアレなのだろう・・・

と想いを馳せながらどうやら、岐阜に「淡墨桜」という樹齢1300か1400年の天然記念物の巨大な桜があるそうなので行ってきた。

根尾村という今はたぶん本巣市にあるそうなのだけれど、車を走らせて行くと平日なのに2キロくらい渋滞していた。

これ全部桜を観るためである。

わざわざ平日にこんなに人があるなんて、この桜には魔性の力でもあるんじゃないかくらいなもので、あまりに混んでいたので先にこれまた天然記念物かなんかの

地震断層観察館というところに行ってきた。

根尾には100年ほど前に起こった濃尾震災によるものすごい大きな断層があるそうで(まあ他にも断層ができてるとこもあるが、高富とか)それを観てきたのだけれど、6Mもの断層のズレがあった。

前から知っているというか当たり前のことなのだけれど、日本にはプレートの境がいくつもあって地震が多い。

そんなところに知らぬ間に人間が住み着いてしかも豊かさまで得ちゃったもんだから日本人っていうのは大変だ(まあほかんところはほかんところで問題はあるやろうが・・・)。

断層を観て桜に向かう。

残念ながら画像がアップできんかったので

http://www.eonet.ne.jp/~neo1/sub4.htm

↑これ

ほんでとりあえずでかかった。

リンクを読んで貰えば分かるけど、とりあえず蕾のときはピンクで咲くと白色、そんで散るときに淡い墨色がかるから淡墨桜だそうで、宇野千代さんと言う2・30年前の有名な作家が紹介したことで爆発的に有名になったそうです。

んで写真を見て貰えば分かるのだけど、何しろでかい。

普通の桜の幹が枝くらい。

そりゃああやって木材で支えておかんと折れるなぁと。

まあ再生の逸話があるそうなのだけれど、僕は逆に木で支えられてない状態を見たいとふと思った。

支えられてないとまあ枝が折れてしまい枯れてしまうのだけれど、逆にそっちも観てみたい。

まあ敢えて理由は伏せるし興味ないやろうで別にいいだろう。

とりあえず人がいっぱいおった。

どうもこんばんは。

映画「サバイブスタイル5+」を観た。

別にそこまでコメディーっていう感じではないんやろうけど面白かったしかなり良かった。

浅野忠信が演じる、妻を殺す男。

そんでもってその殺された妻は何度でも蘇り、浅野忠信を攻撃する。

そして、浅野忠信はまたその妻を殺す。

鳩になってしまった男。

ドロボウ3人組。

催眠術師の阿部寛↓

abe119.jpg


CM製作会社に勤める小泉今日子。

殺し屋役のK1選手みたいな外人(スナッチに出てたらしいけど覚えてない)と新川良々。

それぞれのドラマが進みながら互いに繋がったりする。

この前みたパルコ・フィクションに出てた女の人とか、北の国からの人がちょっと前に作ったよさげなドラマの子役の子とかが出てた。

そんでもって千葉真一とか「茶の味」にも出てた、三浦友和。

最近、映画を観ると決まって出てくる人が多いのだけれど、なかなかそれもそれで面白い。

特に新川良々がよく観るけれど、別に狙ってないのだが、こうも出てくると好感がわいてくる。

まあそういう話。
豊満なearlobe (2006/04/17)
人生っていうのは何だろう。

何を持って人生なんだろう。

幸せって何だろう。

何を持って幸せなんだろう。

我思う故に我あり

コギトエルゴスム・・・

なんて考えて悩んでいる人たち!

そんなこと問題にしてる場合じゃないぞ、これは・・・。

もっと他に考えることがあるはずだ。

耳たぶ

について考えるべきだ。

そんなイデオロギーやら理想主義とか博愛とか人道とか誠とか言ってる場合じゃない。

耳たぶ

について考えるべきだ。

こんなこと言ってると

あーこの人は愚かな人かアレな人だ

と思われるかもしれないが、じゃああえてこっちから問う

耳たぶって何?何のあれ?

答えられるか?答えられるのか?

誰か教えてくれ。

そんな社会思想やら哲学してる暇があるなら耳たぶについてまず先に考えてくれ

君たちの考えはマクロすぎるんだ。

と、まあ勢いでここまで書いてみたんだけれど、耳たぶの存在目的、もしくは存在理由が知りたい。

ピアスを付けるためとか、他にはまあ耳たぶフェティシズムを持った人にとっては耳たぶにもそれなり価値があるのだけれど

いかんせんその形成目的自体はよく分からんし、答えられる人が存在するかどうかも(まあ専門家がおったら分からんが)甚だ疑問だ。

耳の機能にとってものすごく大切なものだから存在しているのか、進化の過程において何かしらのフニャフニャってした部分が退化したのかもしくはそのまま残ったのか、はたまた人間が重力に屈した部分としてのカルマなのか、他に理由があるのか?

僕は主観的にも客観的にも結構耳たぶが大きいほうだ。

面接などで

面接官「あなたのアピールポイントはどこですか?」

と聞かれたら

僕「はい。耳たぶが大きいことです。」

と滑舌よく答えられそうだ。

そんでも、耳たぶに何らかの機能を有していないから

面接官「あなたの長所はどういうところですか?」

僕「はい。耳たぶが・・・・大きいところですかねぇ?」

としか言えん。

耳たぶが大きいということはどういうことなんだ?

だからなんだ?

福耳だからって僕はそれほど運はよくない。

それでも耳たぶは大きい。

これは進化なのか?

敢えて人間の遺伝子の中に「耳たぶがおっきくなるよ」遺伝子と「耳たぶがちっちゃくなるよ」遺伝子があって「耳たぶがおっきくなるよ」遺伝子が優性なのか?

だとしたら、なんのための優性か?

世の中には耳たぶコンプレックスで耳たぶの形を整えちゃう人やら、ピアスのせいで耳たぶにしこりができて痛い痛いとなっているのに耳たぶの存在理由は語られてない。

驚異の超人「耳たぶが異常に伸びる男」

は超人なのか?

いや、超人としても、なんかすごいのか?

テレビに出て

「はぁーあんなに耳たぶ伸びるなんてすごいなぁー」

と思ってしまうが、同時に感じる気持ち悪さも否めない。

耳たぶが伸びる男はどこらへんが超人なんだろう?

僕にとっては夏でも冬でも怖い話しかしない稲川淳二の方が超人だ。

それでもキン肉マンで言ったら稲川淳二は悪魔超人なんだけれど、「耳たぶが伸びる男」は正義超人なのか?

耳たぶには疑問が尽きない。

どうもこんばんは。

まあ今日はこんな感じで。
花散らしのhay fever (2006/04/16)
日本の人口の20%が花粉症だという。

たまにであるけれど、

花粉症ってただの気にしすぎで起こるんじゃない?

的なことを言ってのける人もいる。

まあ何の根拠があるかそこで問いたいのだけれど、ただ単にそう言いのけてしまう輩は

自分は花粉症じゃない

からそう言いきってしまうのだろう。

わざわざ気にしすぎで起こるもんが「花粉症」という分かりやすい名前になるわけではないと思う。

たとえばスギ花粉が原因の方は沖縄に行けば花粉症に苦しまなくてもすむそうで理由は沖縄にスギがないからだそう(実際重度の花粉症で悩まされた人は沖縄に永住を決めて行ったら治ったらしい・・まあ治ったっていうのは変だが)。

なんでこれほどスギ花粉に悩まされる方が多くなったかは、たしか、昔マイホームブームで家をバンバン建てとるときに必要な木を日本に植えまくったからだそうで、その木がスギなんだけれど、結局、高い日本の木より外国の木の方が安いっていうことを理由に、その植えられた木は使われることなく放置されたからっていう・・・。

悲しいことに日本人が植えまくって使わずにおいたら花粉症になって、しかも外国の木をばんばん使うもんで国としても叩かれるという皮肉な結果に・・・。

まあ他にも自然に対する身体能力が弱くなってるとか食生活とかも影響はあるんやろうけど。

ちなみに花粉症っていうのは季節性アレルギー性鼻炎だそうで要はただ単に原因が花粉にあるから季節によってアレルギーの症状が出たりするっていう。

僕の友人は花粉症に結構悩まされているので詳しいのだけれど、どうやらそいつは雑草の花粉が原因のようで、ひどいときには7月くらいまで鼻水ダラーンくしゃみがはくしょーんというコンタックではどうにかなるのか分からん感じなのである。

ちなみに僕は医者に

ヒノキの花粉が原因じゃないかなー

なんてことを言われたのだけれど、実際どうか分からん。

ヒノキの花粉は比較的早い3月初頭からぶぁーっていう感じなんやけれど、今年の僕は3月はひどくなく、4月に入って最近が特にひどい。

鼻水ダラ~ン

くしゃみがハクショーン

のコンタックな状態なのでどうにもならん。

ちなみに僕はハクショーンと聞いていつも

ハッフーん

の方が正しいんじゃないかと思うのだけれどまあ関係ないでええわ。

あと基本的にこらえ性というアイデンティティが残酷なほど欠落している僕は目がかゆくなるとこれでもかと言うほどに掻いて掻いて掻きむしるのですぐ結膜炎に近い感じになる。

治す方法もあるのだけれど(一日に何分間か花粉の成分を口ん中に含ませておくことで体を慣れさせていくらしい)、毎日何週間かかって医者に通院せないかんのでまたこれも難しい。

はやく画期的な方法を考えてくれないかなぁと思う。

どうもこんばんは。

さっきも言ったとおり鼻水ダラーンくしゃみがハクショーンで目もしょぼしょぼして鼻もガビガビになったので、どこへも誰とも行く気も会う気もせず、

まぁこりゃあかん

と思ってゲオで借りたDVDを観た。

またまたゲオが土日レンタル50円とかそういうのをやってくれたので行く。

近所の前行った仲良くないところの姉ちゃんがバイトしとるもんで軽くきまずいのだけれど、

正直僕はあんたなんか興味ないよ

という態度を演じつつ行った。

んで借りてきた。

「約30の嘘」

これは結構面白かった。

これによると一つの嘘っていうのは約30の小さな嘘をついてはじめて成り立つものらしい。

まあそんなことどうでもよくて内容は詐欺師たちが徒党を組んで詐欺して稼いだお金を詐欺師たちの中のやつに盗まれてしまうっていう話。

裏切り、悲しみ、叱責、嘲笑、愛、彼らの運命やいかにっていう感じなんだけれど、とりあえずキャストが結構豪華。

椎名桔平、中谷美紀、妻夫木、田辺誠一、八嶋智人と僕が知っている中でこんなけいる(まあ後一人くらいしか重要人物おらんけど)。

とりあえず

僕は中谷美紀は好きだ。

映画でもそれ以外でも。

「パルコ・フィクション」

パルコの中(まあ外もあるが)で繰り広げられるちょっとシュールな話。

実際パルコが投資しとる(たぶん)もんでパルコパルコパルコっていう感じ。

結構おもしろかったといえばおもしろかったんやけどその中にあるものすごい地味ぃーな感じもあった。

たぶん人選が微妙。

あんまパッとはしてないと思う。

僕が知ってる人は田中要次と新川良々なんやけど、まあ田中要次ははじめしか出てこん。

新川良々はキャラは良かったけど、実際こいつメインで観る気にはどうしてもならん。

まあ要は、おもしろい部分もあるけど観ると損する映画だと思う。

さすがのゲオもこれはおすすめコーナーには置いてなかった。

やってくれたな!パルコ!

っていう感じ。
ロックなスプリチュアル (2006/04/15)
あるときフッと誰もが思う

ロックってなんですか?

いつでもどこでも考えてしまうのである

He is rock

That is rock

ロックってなんなんだ?

トイレでナニしてても

Is this rock?

なのである。

そんな時代が確実にあった。

今は特にロック全盛でもないのでアレなのだけれどとにかくあったのである。

あるとき誰かが言った

オレがロックだ

と。

また

ロックは衝動だ

と。

ただ単に一つの音楽のジャンルなだけなのにすごいのである。

もうロックとは音楽じゃなくなっている。

というわけで僕が思うロックな行動をAさんBさんCさんを使って考えてみる。

同じ部屋でAさんBさんCさんがいる。

部屋の中にいても何もすることがないので退屈なのだけれど、どのみち外に出ても退屈な3人。

何もすることがない3人。

あるときふとCさんが言う

C「あーちょっと暇だから銀行強盗してくるわ」

A「ちょwwwおまえwwwww」

B「あーおもしろそうやでついてくわ」

部屋の中にはA一人。

心配しながら、まあ何もしずに結局帰ってくるだろうと思い待つ。

そのうちCとBが帰ってきた。

A「んで、どこ行ってきたの?」

C「いや、さっきも行ったとおり銀行に強盗にいったのさ」

A「はぁ?冗談?」

B「いや、ほんとほんと、警察いっぱい来たから逃げてきたんだけど」

C「そうそう、ほんとすごかったなぁ。」

絶句のAをよそにテレビを付けるCとB。

C「お、出てる出てる。すごいなメディアって。」

B「でもなんか犯罪者みたいな扱いだなオレら。」

これである。

ここでのロックポイントは

1・思いつき→行動→失敗
2・自覚ゼロの精神

である。

あーもうこれおもろないでもうええわ・・・。

どうもこんばんは。

最近もっぱら車での移動が多いのでCDを聴く。

よく聴くのは、エレカシのシングルズと東京事変の「大人」なので、特にエレカシは昔は全然聴かなかった1枚目を聴いてる。

実際曲としては2枚目の方がいいんやけど、1枚目は1枚目で結構面白い。

お金さえありゃなんとかなるー

とか

人生は楽しいなー

とか叫んでるばかりなのだが、それがいい。

歌い方も「悲しみの果て」から変わったみたいで、そっから歌詞とかメロがよくなってく。

このころから商業主義にはしって聴きやすい曲を作るようになったのかどうかは知らないのだけれど、実際よくメディアで見るようになったのはこのころくらいか。

それ以後も結構叫んだりしてるのだけれど、やっぱり昔の感じとは声質も歌詞も変わってる。

別にどっちも僕は好きなんだけれど、もう一回

人生なんか金さえありゃどうにでもなるわー

みたいなことばっか歌っても見て欲しいなぁ・・・。

東京事変の方は、実際聴いてるうちに

「あーそう悪いアルバムでもないな」

と思うようになってきたが、やっぱり微妙な部分が多い。

一曲に一度はドラムのスネアの音が鼻につくとかギターが微妙とかベースが気持ち悪くない?キャラもとか思ってしまう。

「大人」っていうイメージで作ったのかはたまたギターとキーボが変わったからなのかどうか分からんが、前のアルバムのドラマチックさがなくなりすぎてる。

だから聴いてても「あー結構良いな」とは思うけど、

ココキタ!!

みたいにならない。

逆に作り込みすぎたんじゃないという感じだったからはじめにがっくりきたのかもしれん。

浮雲は実際ヒラマミキオ(漢字覚えてない)より巧くて才能もあるのだろうけど(まあ僕の主観で)、ヒラマミキオの方がドラマティカルな演出が旨い。

キーボもキーボで現在の人(名前忘れた)はたぶんイメージ的に玄人をうならせる感じの人なんだろうけど、どうしてもHZMと比べて無い物ねだりをしたくなる(やんちゃさの部分で)。

もし、これが東京事変全体として望んだイメージなのだとしたら、もしかしたらヒラマとHZMは他メンバーと仲違いしてやめたような可能性もある。

だからこそ、敢えて透明人間とかの以前のメンバーでやった曲調とだいぶ変わったドラマチックでなく、ほんわかした感じにしたのかもしれん。

まあそこはおいといて、それなりによく聴いてるわけだけれど

インパクトないなぁ

としょんぼりさせられるのもまた事実なわけで。

という感じ。
現代のハンター (2006/04/14)
西欧民族は狩猟民族、日本人は農耕民族やら農業民族やら分からんけどもそう理解されているそうだ。

そんなことはないと思う。

ただ単に弓撃ちまくりのウサギ追いまくりなのがハンターではないと思う。

人類誰もが皆ハンターである

とは言っても、弓が撃ちたいだとか実際に弓を撃ったりだとか麻薬を打ったり売ったりすると警察に通報されかねんし、もしかしたらいわゆる黄色い救急車に乗せられてドナドナ状態に陥る可能性もある。

要は人類みんな心の中にハンター気質を持っている。

心の中では弓なんて生やさしいもんじゃなく猟銃である。

人類誰もが心の猟銃に鉛の弾を込めて、ひっそりと、ときに大胆に獲物を探しているのである。

ただ単にハンターと言ってもやっぱりそこはアレな感じで種類も豊富である。

草野仁率いるミステリーハンター

梅宮辰夫と松方弘樹率いるカジキハンター

などの現実世界に飛び出したハンターもいるし現実世界にはそこまで干渉していないハンターもいる。

しかも一人に一つのハンターならば楽なのだけれど複数のハンター精神を持っている人も多い。

追い求めているわけだ、いろいろなものを。

僕もなんやら雑誌やらクラブ紹介やらを見ると好みの感じの子がいないかついつい探してしまう。

別に見つかったからといってどうのこうのなわけでもないんだが・・・そんでもって別にはじめは探そうと思って読んでいたわけじゃないんだが・・・。

もうこれは本能なのか、どうしようもないのか?

今日も僕は、気が付いたらハンターになっている。

どうもこんばんは。

今日はもう疲れたからどうでもええわ。
おたくの腐女子 (2006/04/13)
ふと思ったんだけど、アイドルのおっかけのオタクさんたちはアホみたいにキモいとか罵声を浴びさせられ、もはやこの差別待遇の脱却をあきらめてしまっているのだけれど

バレンタインに発信器を仕込んだプレゼントを送りつけたりだとか、顔の写真の貼ってあるうちわを振りまくってるジャニーズとかのおっかけは特段キモいとか言われないような気がするのはなんでだろう・・・?

たしかに、僕も、どっちかというとオタクのほうがキモいイメージがある(まあ、後者の方はキモいという言葉じゃなくて腐女子っていうイメージがあるからかもしれんが)。

ちなみに実際の腐女子の意味は男性同士の恋愛を主題とするフィクションなどを好む特異な趣味を持った女子という意味の用語らし広義の意味では女性のおたくという意味もあるようですが、ここではどうでもええ・・・僕にとっては。

実際に、オタクという言葉で連想する人物は、大概の人はメガネ・Tシャツ・Gパンが主流で、あとはオプション違いでリュック・ポシェット・紙袋・バンダナ・ロン毛で髪をまとめて結んでる等。

要するに、オタクのイメージはそういうファッションの男が

「うーん・・・・○○氏、彼女は萌えだね・・・・うん」

という感じでメガネを直す、というのが一般的だ・・・・たぶん。

オタクがとりあえずキモいのは全体的なルックスを背景とした第一印象がモロオタク色だからなのかもしれん。

女の子は特に

「うーん・・・・○○氏、彼は萌えだね・・・・うん」

とは言わないし、基本的には誰でもそれなりにはファッションに気を遣ってる・・・・はず(まあビジュアル系のバンドで前列におるなぜかおまえがビジュアル系キャラとか東京事変のライブで着物で参戦とかは実際どうかと思うが・・・)。

実際僕の知りあいにも何人かそっち系の人もおるっちゃあおるんやけど基本的にファッショナブルでルックスのよろしげな人はリアルにキモいとは罵倒されてない気がする。

一例としてはガンダムオタのO氏は某遊園地のガンダムのアトラクションに感涙し一日に3度乗りつつ(たしか・・・)当時ガンダムにそれほど興味もなかった僕に対しそのアトラクションの壮大さを語ってくれたというほどにオタ臭がする方で、僕の周りの男性女性含め、そのオタクとしての認知度は比較的高かったはずである。

それでも彼は先ほど挙げたオタクのようにキモいなどと罵倒され理不尽な迫害にはあっていないはずである(しばしばネタとして引き合いには出されたこともあるが・・・)。

そんなO氏はルックスもよく、ファッションにもしっかりしていた。

ましてや、人を呼ぶときに「○○氏」と付けることもしなかった。

卒論でオタクについて研究してしまうなどの、基本的に同胞心のある優しい心の持ち主であるということも理由の一つにあるのかもしれないが、ここでは敢えて問題に関係ないので省く。

まあ後の理由は

オタクの能力やら知識が段違いにすごすぎる

ことだと思う。

正直、その能力やら知識が社会の中で

浮きまくり

なのである。

要するに、例えばアイドルオタクっていうのはただ単にアイドルが好きすぎてたまらないマニアとは違うのである。

ここが腐女子がオタクと言われない一番の理由なんじゃないかと思う。

詳しくはリリーフランキー著の「美女と野球」を読んでもらえばわかるのだけれどオタクは自分の知識を増やし、どこへでも行ってやる根性やらいろいろな資質をフル稼働させてアイドルのおっかけをやっているわけである。

能力の方はそんな根性とかそういうもんなので予想はつけれそうなので

知識。

例えば、作家が本を書くときにただ、空想と文章力やらの要は本を書く能力や知識のみで書いているわけではない。

膨大な資料を集め、学んで書くのである。

例にあげるなら村上龍はよく経済のことで話すことが多いのだけれど、それは、本を書くために学ばざるをえなかったから得た知識だそうである(僕はまだ読んでないけど「愛と幻想のファシズム」とか)。

他にも、例えば○○学っていうのの専門家がおったとしても、実際、それだけ学んで研究することは不可能で、例えば仮説を立証するための統計学やら、他にも数学的要素も持ってこなければならないし、そこには哲学的要素も絡んでくるかもしれない。

それと同じでオタクたちも、いろいろな知識を何かを追いかけるためにフルに利用しているらしい(実際オタクの方々は一つの事柄だけでなく複数の事柄についてオタク的な場合が多いらしい)。

O氏によるとオタクには定義がいろいろあるそうなのだが、ここで全くの独断と圧倒的な先入観のみでオタクと腐女子を定義してみる

「オタク」
 学問の世界ではないところに高い専門性を持つ人

「腐女子」
 単なる○○バカと呼ばれるものに近い。

こんなんどう?なんかうまくできんかったけど。

どうもこんにちは。

ビバ!図書館!

だ。

いやいやもっとカジュアルな感じでライブラリーだ。

そんなこんなでライブラリーに行ってきた。

ライブラリーは良い。

無駄に暇な老人がいるのも良い。

社会人や苦学生が頑張って勉強しているのも良い。

なにしろ無駄に本がたくさんあるところが良い。

良いところがいっぱいだ。

そんなこんなではじめて図書館で図書カードを作った。

友人に聞いた話では図書館でCDも借りれるそうなので借りてきた。

全くの品揃えの悪さがさらに良い。

全体的になごやかというより殺伐とした雰囲気も良い。

なにしろ駐車場が地下にあるのが良い。

そんなこんなで図書館って良いね。
満員電車で彼方まで(フラストレーション編) (2006/04/12)
僕は今日から授業が始まるので岐阜から名古屋まで通学した。

途中まで車で行って(バスだと遠回りするし、一時間に一本なのでミスると致命的なので)それからバスに乗って駅まで。

駅で名古屋駅まで行って地下鉄へ。

総時間でまあ2時間かからない程度。

まあ家からバスで出るとしたら2時間半くらいかかるので、まあそれなりに早い方なわけで・・・。

そんでもって、7時30くらいに電車に乗る。

日本の朝は満員電車で始まる。

僕は一度くらいしか体験したことのない満員痴漢電車なんだけど

空気薄すぎ

なのである。

しかも暖房なんか付けた日にゃそれこそ地獄のようなもんで、大変なわけである。

もしかしたら、

みんなが空気を吸い込む
    ↓
密閉された電車内の空気の密度がぐっと下がる
    ↓
そのときに僕が息を吸い込む
    ↓
僕は密度の薄い空気を吸っているので息苦しい
    ↓
なにかしらへの殺意

みたいな感じなのかもしれん。

そうすると、みんながみんな息を吸い込むタイミングを合わせているわけでもしかしたら僕は満員電車初心者なのでそんなタイミングの法則を知らないのかもしれない。

まあそんなんどうでもええわ。

そんなこんなでやっぱり満員電車はぎゅうぎゅう詰めなのである。

事態が悪化すれば、水前寺清子(チーター)3匹がぐるぐる回ってチーズになったように(チーターかトラか覚えてないが)人間は押し寿司になってしまう。

しかもこんな状況で、オウム真理教でも電波がどうのこうの言う団体でもイスラム原理主義者だろうがヒンドゥー教のアレでもいいのだけれど爆弾なんか投げ込まれたり抱え込まれたり設置されたりした日にゃハンバーグになってしまうよ、と思う。

痴漢のえん罪も増える増える。

全く満員電車は良くないのである。

それもこれもわざわざ岐阜から名古屋に勤めるような人が悪いのか、ドーナツ化現象が悪いのか団塊の世代が悪いのか、もしくは団塊の世代が生んだ愛の結晶は今日もウォーキングストリートなのか、社会が悪いのか日本が悪いのか時代が悪いのか露骨な傲慢と虚栄心が悪いのか、誇示欲が肥大化してしまったセレブたちが悪いのかは知らんけれど、

とりあえず少子化が進んで、人口が少なくなって何十年後かにはちょっとくらいは満員電車も緩和されると良いなぁ。

どうもこんばんは。

今日はまあこんな感じになった。
フリーの進化 (2006/04/11)
いやはやとりあえずものすごい。

人間は日々進歩していくのである。

前々から知っていたのだけれど

フリーDVDマガジン

というのがある。

文字通り、無料のDVDでなんかの特集をしたり広告をしたりしちゃうのである。

そんだもんで、僕たちはお手軽に映画の情報とかいろんなことを知ることができちゃうと・・・・。

そんならフリーペーパーとかでもええんじゃない?

とか思われてしまうのだけれど、まあ実際別にフリーペーパーだろうがフリーマガジンだろうが、そんでもいいのである。

タダだから。

実際僕はタワレコにおいたるやつで良いのがあったら持ってくわけだし。

それでもDVDはすごいのである。

映像が見れちゃうのである。

正直、なんてことはないのだけれども・・・。

実際フリーDVDってすごいよねと思う僕も、他方でそんならネットで配信した方が楽良いんじゃないかと思ってしまうのである。

いやいやそんでもDVDなのである。

永久保存版である。

何よりも敢えてDVDをフリーで配りまくる発想がすごいのである。

たぶんこういうのを考える人たちこそが

シャチョサンカッコイイヨ

と不法滞在のフィリピン人から言われるのである。

僕なんかは決して「シャチョサン」とは言われない。

貧困のために不法滞在しているフィリピン人と動揺に僕の発想力は貧困だからだ。

僕がフリーDVDなぞに出会ったのはほんとに偶然で、ただ、ゲオのおすすめビデオは一癖あってちょっと好きと思い借りにいったら置いてあって

村上龍

の3文字がでかでかとのっていたから思わず

ダチュラ!!m9(・Д・)

↑コインロッカーベイビーズ参照

と思い手にとって家に帰ってさっそく見たんだけど

なぎら健壱とか村上龍がお金のこと話してて結構おもろかったよ。

まあそんな話。

どうもこんばんは。

なぎら健壱を見ると、どうしても「タモリ倶楽部」を連想してしまうのは

たぶん僕だけではないはず

だと思う。

たぶん日本人口の半分は

なぎら健壱=タモリ倶楽部

という方程式を頭の中に備えていると思う。

というわけで映画「杉山くんたちは夜専門」を見た。

これは舞台を映画として映像化した作品なので実際セットも出演者も少ない。

工場に3人の夜間労働者がいてある日、男性と女性が現れる。

そんでもってその男性女性は

「この中にストーカーがいる」

と言う。

いったいストーカーはだれなのか?

めくるめく人間ドラマが繰り広げられる工場を舞台としたサスペンス。

残念ながらあの名文句

「犯人はオレが必ず見つけてやる。じっちゃんの名にかけて。」

は著作権の都合上出てこないのだけれど

結構おもろかった。

この映画、見るなら

かなり深読みしながらみるんだ

たぶんそっちのほうが面白い。

そんなこんなで、どうせなら舞台の演劇をどんどん映画化してもらいたい。

僕は舞台にはあまり興味ないので。

まあさすがにライオンキングとかミュージカルはやらんくてもええけど。

という要望。

付記

ハロー効果より愛を込めて (2006/04/10)
東京で川沿いの道で禁止されてるのにもかかわらず(それを自覚しとるのにもかかわらず)平気でゴルフの練習をするおっさんおばさんお姉さんお兄さんがおるようだ。

条例を無視して「自己責任」がどうのこうのとか言っているのだけれどこういうやつに限って、いざ問題がおこると行政がきっちりと処置しとらんかったからだとか結局責任を自分ではないなにかに押しつけてしまいがちである。

しかもそういうやつに限って

最近の子どもは・・・

などとよく分からん説をまるですべてを悟ったわかりきった大人というふうに平然と語るのである。

実際ゴルフボールがあたってケガをさせた人間もおるようだが、結局「自己責任」になってないのはうんたらかんたらである。

行政も法的に処罰を強制で拘束させることができないので、今検討中だそうであるが、こういうのはどうだろう

かのバビロニア王国の王ハンムラビの作った有名な「目には目を・・・」をフルに生かし

彼らをゴルフボールの的とする

のである。

ゴルフボールに当たった痛みは実際に当たってみないと結局は分からないのである。

だからこそ、迷惑している人たちが率先して彼らを標的にゴルフボールを打ちまくる。

ただ、ひたすらに、殺意と狂気を持って。

そうすりゃ彼らは気づくのではないだろうか。

そして社会のスケープゴートとなった彼らを見た他の人もやらなくなるのである。

まあとりあえず、そんな彼ら迷惑者を

猿ゴルファープロ

と呼ぶことにしよう(猿なみの良識しかないゴルファーの専門家という意味で)。

どうもこんばんは。

僕の中の圧倒的先入観のみで物事を語るブログ。

最近めっきり音楽の話をしていないので、ここでしてみる。

僕のあこがれる一つのギタリスト像は単純に言ってしまえば何でもこなせるオールマイティーさを持ったもので、例えば、歌も唄っちゃう、ドラムも叩けちゃう、曲も別に一人でできんこともない、もちろんギターも巧いです的な感じで、しかもカッコイイ、ここが最大の売りである。

僕の好きなギタリストから言えば、代表すると元エクストリームのヌーノ・ベッテンコート(まあエクストリームは別に好きではない)。または元ポイズンそしてMR.BIGの二代目のギタリスト、リッチー・コッツェン(まあ僕はポイズンもMR.BIGも別に好きではない)。

特にこっち系が好きというわけでもなく、別に巧くなくて危うささへ感じるギタリストも好きだしもちろんあこがれるのであるが、今日は特に関係ないのであくまで今回の一部分について話すけれど・・・。

さて、さきほど挙げたようなギタリストで考えると、もしかしたら、ギタリストというのは

例えばボクシングを挙げれば、はじめは理論なぞなく殴り合いだったスポーツがだんだんと理論を構成するにつれて、ファイター・インファイターというボクサータイプの確立ができ、そしてさらに進歩することによりそのファイターとインファイター両者を兼ね備えたいわばマルチタイプのボクサーが現れた

というような感じでギタリストも進歩してきたんじゃないかとも感じる。

あくまでそれは一つの推論にすぎないのだけれど、そうだと考えるならばギタリストのマルチファイターとしてはさきほど挙げたギタリストのような形になるような気がする。

こんなこと言ってると、音楽は理論じゃないだとか好きなのに理由はいらないんじゃない?とか感性だとか的な意見もあるだろうが、

今はそんなこと話しとるんじゃないんだこの淫売

と一蹴しとこう。

ほんでもこんなけ話といて、だから何?って言われたら、うーんだからこう考えてみたっていう感じで、実際僕はこんなことをリアルに思いながら音楽を傲慢な態度で聴いているわけじゃないので困るが・・・・。

さきほど挙げたリッチー・コッツェンもヌーノもそれぞれ今はバンドにしろソロにしろ自分の出したい面を出す的なワンマンバンドを組んで(別に否定したいわけではない)るのだけれど、残念なことに僕の期待に反し、予想どおり僕の好みじゃない領域に行ってしまった。

リッチー・コッツェンはどちらかというともうちょっと昔にやってたソロの方が好み(最近はロックロックしすぎてる)やし、ヌーノに至ってはドラマゴッズとかいう、もう誰がどうみてもナンセンスだとしか思えないようなバンド名をぶら下げて、やってる曲も、まあヌーノっぽいんだけどなんかね・・・的な感じで他のヌーノ狂のことは知らんが僕は正直、目もあてられないっていう感じで残念だ。

ものすごく残念だ。

結局、僕は結論について考えてなかったというかもう考えるのめんどくさかったで一体何が言いたくて書いたのかわからんくなったのも残念だ。

っていう残念な話。

付記

明日は○○ (2006/04/09)
昨日、名古屋から岐阜に着いてバスに乗るためにバス停で待っていた。

ずっと待っていた。

田舎のバスは一時間に一本でしかも予定時間にしっかり来ることがないという過酷な状況で、まあそんなことはどうでもええけれどとにかく待っていた。

バス停の側にはコンビニがあって、もちろんこの前言っていたタイムカードの機械とかを売っている店もあるのだけれど、コンビニの前で買い食いしている一人の超ぽっちゃり系(要するに太った)女性がいた。

そのくいっぷりがあまりに凄まじく、もし知りあいだったらその場で携帯の番号を消去したくなるほどだったのだけれど

この人もまあいろいろあったんやろうなぁ

と思った。

そう、いろいろあったんだろう、生まれてから生きてこのコンビニにたどり着いて狂気を帯びた買い食いっぷりをしているのは・・・。

いろいろあるのである、それぞれが個人的に抱えていることは。

どうもこんばんは。

映画「式日」と「茶の味」を観た。

「式日」
スタジオジブリがスタジオカジノと称して作った唯一の実写版だそうで、まあ結構面白い。

もしかしたら結構有名なのかもしれんけれど、とりあえずアニメもそうなんだけれど、何かしら社会やら人間やら環境がテーマに置かれているのがスタジオジブリ(たぶん)。

「式日」で重要なのは人間の心理っぽい。

人生に疲れてしまった男と現実に傷つけられ現実に戻ろうとしなくなった女の話。

30日前の話からはじまって一日一日が進むんやけど、結構雰囲気的に怖い部分が多い。
スタジオジブリっていう先入観があったので、驚いたといえば驚いた。
先日、「呪怨」を観たのだけれど、僕は正直こっちの方が全然怖いと思う。

意外に声だけ出演で「松尾スズキ」と「林原めぐみ」が参加してたり、大竹しのぶがちょっと出てたりした。

なぜか最近「松尾スズキ」と意図してなく出会うのだけれど、もしかしたら結構僕が知らんかったときから観てたのかもしれん。

ちなみに監督が庵野秀明だから好きな人は見てみるとええかもね。

「茶の味」
これ、僕がオーストラリアに行ってるときに向こうの映画館で上映しとったと思うのだけれど、面白かった。
全体的に、ほんと「茶の味」と言う意味がわかるゆるい感じでほっとする。

僕はたぶん、狂気じみたことが起こってるのにそれを傍観するだけの人間がおったり、完全無視で素通りしていく一般人っていう図がすごい好き。

行動(狂気じみた)しとる人間だけやとやっぱダメで、それを観てる第3者っていう存在がおると妙に面白い。

たぶん分かりやすくいうと(まあ完全に僕の主観やけど)浅野忠信が出てそうなコメディー(まあ実際出てる)やもんでそういう場面が多い。

ゆるい笑いを誘いつつ、最後はちゃんとほっと茶を飲んだような感じに作ってあるんやろうなぁと思った。

浅野忠信と元郷ひろみのそっくりさんで有名な我修院達也が良かった。

あと、土屋アンナがこの映画で映画初出演だそう。

という映画。

式日

茶の味
マンモスが立つ日 (2006/04/07)
映画「日本の裸族」を見た。

一応「本邦初!バリアフリーヤクザ映画」という名目でとりあえずゲオのおすすめコーナー的な感じであったんだけれど。

マジやってくれたなゲオ!

という感じ。

良い意味でも悪い意味でも。

とりあえず俳優がほんとキてる俳優ばっか。

インザプールにも出演した松尾スズキ、元リアルひきこもりニート(たしか)の阿部サダヲとか、まあ他にもいろいろ出てる。

とりあえず、主人公は女の人っぽいんやけど、別に主演でもないらしい。

というか誰が主人公とか気にせんほうが良い。

内容は一応説明書きから見るとAF(アナルファイター)っていう麻薬をケツに隠して運ぶヤクザの話なんやけど、特にそれだけでもない。

というかストーリーに期待すると多少げんなりするはず。

とりあえずドラッグとケツの穴と靖国神社と筋弛緩剤とかをこの順番で強調している感じのサイケデリックしまくりの映画のようで、見た瞬間には

ゲオの野郎め・・・

と思ったけれども、松尾スズキの僕の好きな狂人っぷりと他にも狂人がたくさん出てくるシュールなコントみたいな感じ。

奥秀太郎という人が監督なんだけれど、この人たぶん

ほんとに狂ってる。

じゃないと他の映画の内容も調べてみたけど、こんなような映画ばっかり作らんよ。

「日雇い刑事」とか・・・・。

まあとりあえず松尾スズキがやっぱり良くてキャラだけでいったらインザプールのときよりぶっとんでいたかもしれん。

間違っても興味持って友達ととか2人以上で見んほうがええよ。

たぶん自分のアイデンティティをかなり歪めた形で理解されるから。

まあそれでも僕はいいと思うけど。

どうもこんにちは。

松尾スズキ最高。

的な。

もうこんなけでええわ。
タイムカードに~お~ねがい (2006/04/05)
一昨日名古屋からの帰りに久しぶりにバスに乗って帰ったのだけれど、バス停の近くに

?屋さんがあった。

?屋さんっていうのは別に怪しい店でもなんでもないのだけれど、とにかく岐阜の名産から文房具、そんでもってバスカードやらおもちゃなんかも扱っていて、実際店名も掲げられてる感じでないしいったい「なんなんだろう?」の「?」屋さんなのだけれど

業務用の雑貨

が売っていた。

「業務用」というものは妙にひきつけられる。

そういえば近所に業務用スーパーがあって、そこも何のようもないのに行って業務用の食材を見ているだけで結構楽しめる。

実際仕事(バイトも含め)をしている現場では別に興味をひかないと思うのだけれど仕事に従事してない時に見るとたぶんおもしろいかもしれん。

中でも興味をひいたのが、以前バイトでよく使った

タイムカードのやつ。

意外にあれ高いもんみたいで30000円くらいなんやけど、どうにかして業務用以外の用途はないもんか・・・。

さすがに業務用っていっても別にばかばか買う必要性もないし、ほんととち狂ったヤツが扱わん限りは壊れそうにない。

それでも需要はないことはないけれど、それほど多くない。

絶対タイムカード機を生産しているかたは思ったことがあるだろう

もっと売れんもんかと

それとともに

あきらめと絶望を。

タイムカード生産プロレタリアートの諸君、あきらめちゃダメだ。

ということで、ちょっとタイムカードの用途の拡充をはかってみる。

第一案ひきこもり改善としてのタイムカード

今まさにこの世は「ひきこもり」の時代。

みなさんひきこもってませんか?

そんな「わたし、自分でもひきこもってるって分かっててなんとかしたいのになんともならないの」系の少年少女おっさんおばさんに

タイムカード

の登場である。

そして

お小遣い外出時間制

の登場でもある。

ひきこもってる人にさえ、インターネット料金やら部屋生活を快適にくらしていくためにはお金が必要である。

それを外出した時間によって与える金額を決めてしまう画期的なお小遣い制度である。

しかもこれの利点は「ひきこもり」の「ひきこもり改善」だけでなく、「毎日毎日夜遊びが多くて困っちゃう」親御さん方にも画期的である。

これが実用化されたあかつきには

僕(私)はタイムカードのおかげでひきこもりやめました

と雑誌・テレビ問わずさまざまなところで報道されることだろう。

第2案恋愛時間制

「恋愛は量じゃなくて質だよ」と言う意見の方もいると思いますが、そんな人こそ思う「もしかして浮気してるんじゃないかしら」という懐疑心。

全国、いや全世界の彼氏・彼女・夫・妻のみなさん、もう心配することはありません。

一週間で一緒にいる時間を決めるのです。

そしてひたすら使いましょう

タイムカードを。

一緒にいる時間が二人の愛をはぐくみます。

そして一緒にいればいるだけ浮気の心配も軽減できます。

タイムカードによって浮気の心配によるストレスと浮気自体も軽減し、今問題となっている離婚の量も軽減します。

おもいっきりテレビで「みのもんた」もキスイヤで「島田紳助」も言います

それならタイムカードを一度試しなさいと。

と、まあとりあえずこの2案。

もし、実用化するという危篤な方がいたら注意してください。

僕はメリットが生起する可能性もデメリットもなにも考えていないので。

付記

日本語はかっこいい (2006/04/04)
すごい私的なことなのだけれど、僕は演説が結構気になる。

別に選挙とかそういうのでもないし内容でもないのだけれど、妙にお堅い言葉を使った演説っていうのが結構好き。

アメリカ人はそういうのが好きなので演説は激しいのだけれど、英語だと

「何?英語の授業?」

みたいで特にどうも思わんし日本でも別にお堅い言葉を使わず

辻本清美議員みたいに

みなさん聞いて下さい

みたいになるのでそれもあんまり・・・。

「みんな」とかを「諸君!」とかビックリマーク入れた感じがかっこいい。

なんとか普段つかえんもんか・・・・。

例えば、授業のチャイムがなったとき、女の学級委員(まあベタなところで言えばメガネかけててあまりかわいくない感じ)が

みんな席ついてー

○○くん席についてください

とか何度もしつこく言うのだけれどこれではダメだ・・・・。

こういう輩に限って帰りの会とかで

学級委員「今日○○くんが注意しても席についてくれませんでした」

とかいって

○○「これからは気をつけます」

学級委員「○○くんはいつもこれからは気をつけますばかり言って全然態度が改まっていません。ほんとうに反省しているんですか?」

っていうおきまりのパターンになってアレだ。

こういうときこそ

諸君、席につきたまえ!!

の一喝である。

この「諸君」と「たまえ」の妙に仰々しい命令口調が良いね。

それにびびったクラスメイトはみんな席についてしまうという・・・

なんという圧倒的カリスマ感であろうか

言葉とは恐ろしい。

授業中やら掃除中の「静かにしてー」はもっと簡単だ。

この場合「静かにしてー」と何度も大声で言ったやつは確実に隣の席のやつに

おまえがうるせぇよ

と一蹴され泣いてその場をすますかもしくは大人になったら変な宗教団体に入るはず。

もしくはさっき言ったような「帰りの会」パターンになる。

この場合、一番良いのは裁判官がよく使うっぽい言葉

静粛に!!

一喝である。

これはたぶん筆箱を机に叩きつけながらやると効果倍増で、だいたいの人は「静かにしないとアレだわ」と思って静かにするかもしくは「せいしゅくに」ってどういう意味ですかって静止するはず。

すごい威力だ。

「静かにしてー」は文字にして6文字のたまに「ちょっとー」とか交えつつマシンガンのように言わないと効果がないのに、「静粛に!!」は3文字だ。

お堅い言葉のパワーはすごい。

それを開発した日本人もすごいね

どうもこんばんは。

髪を切って頭がすーすーして寒いので暖かくなるまで帽子を被っていることにした。

関係ないが、今日ハイチュウのパッションフルーツ味を食べたのだけれど僕にはパッションフルーツを食べた経験がないので、

ああこんな味やったわ

っていう納得が全くない。

というかグレープフルーツの味っぽくてどこらへんにパッションさがあるのかが分からんけど、やっぱそんなもんなのか・・・。

あと最近よくミカンを食べるのだけれど、ミカンとオレンジのあいのこのやつがおいしいよ。

っていう報告。
弱点発見(イッツァウィークワールド) (2006/04/04)
偶然の留年から得た春休みで自堕落な生活をしていると勘違いされそうだが、意外に早起きである。

朝起きてー

ぐだーとニュース見てー

車に乗って出かけたわー

こんな感じ。

さて今日は髪を切りに行ってきた。

今までもう計算できんほど長い月髪を伸ばしていたが(まあそれほどでもないし、一回重くなったから軽くはしてもらったけど)いい加減鬱陶しくなった。

いや、別にあのままでも僕はいっこうに普通の生活には支障はきたさんのだけど、問題はラーメンを食べるときで、髪がスープに入りそうでびくびくする。

いやはや女の子たちはこんな逆境に悩まされながらラーメンを食べているわけで、体験すると味わってる余裕がもしかしたらないんじゃないかと思うほど鬱陶しい。

だから切る。ほんとに。

というわけで、行ってきたんだけれど、たぶん僕は美容院がすごい苦手だと思う。

高校のころほぼ自分で切ったりすることが多かったのはそれが原因か・・・・もしくは、髪を切るためだけにわざわざド田舎から自転車こいでえっちらおっちら行くのが嫌だったからか・・・・。

まあそんなことはどうでもいいんだけど、とにかくあの空間。

普段は「客はなぁー神様なんだよこのハゲ」と横柄な態度でいろんな店に行く僕が(まあそれほどでもないが・・・)妙に萎縮してしまう。

そんでもって、僕は何も動くことができないのにせかせか僕のために働いている店の人たち、まあ動いたらあかんが・・・・ちょっと動揺してしまい、しかもその動揺が鏡を通してモロに分かるほどなので相乗効果で余計である。

赤の他人(まあ一応は見知った人だが)が髪を切りながら「イチロー」の話を振ってくるのだけれど、萎縮した僕は「そうっスねぇ」となぜか「す」がカタカナの語尾。

その後で普段サディストと思われがちな僕がきれいさっぱりで心地よい気持ちになるのはやはり、人間にはサディストの血とマゾヒストの血の両方が流れてるからなんだろうか・・・・。

どうもこんばんは。

最近流行ってるウィニーの暴露ウィルスに続いて破など犯罪予告をネット上の掲示板に勝手に書き込むウイルスが出たそうだ。

まあもちろんそんなん2ちゃんねるで流出しはじめたに決まってるのだが・・・。

その名も

小泉ウィルス!!

ますます2ちゃんねる臭がする。

独立行政法人「情報処理推進機構(IPA)」セキュリティセンターの加賀谷伸一郎研究員は「ウイルス製作者の意図がわからない。世間を騒がそうとしているのか」と首をひねっているそうですが、すべては

まあ2ちゃんねるだから・・・

で解決しそうな気がする。

さて、前からさんざん言ってますがついに「女王の教室」を全部見終わった。

うん。

もしかしたら今までで見たドラマの中で一番好きかもしれん・・・。

少々恥ずかしい話だが、僕はほぼ全話号泣しているという・・・・。

これ、

最後に全てが集約されとる

感じ。

ほんとに最後の最後の場面。

天海祐希がエンディングで踊り狂う前ね。

ていうかネタばれするとあそこで唯一、天海祐希演ずる鬼教師・阿久津真矢が笑顔を見せるのだけれど(そのあとすぐに天海祐希が踊り狂うエンディング)。

うん。

DVDBOXが欲しい。

過去の話と一緒に売ってないかなぁ・・・・。

とりあえずそれだけ。
脱ハン(急縮するハンブーム) (2006/04/03)
「冬ソナ」聖地閑散 撮影地「チュンサンの家」「南怡島」日本人観光客が激減

だそうである。

まあ、さすがにあんなに一気に行きゃあ行く人もおらんくはなるやろうけど(正直何見るかも分からんし、1回いっときゃあ十分やし)。

というかこれから一気にハン流ブームなんぞ収縮するだろう・・・。

たぶん、おばさんたちもとい、全ハン支持者たちが

別にハン流スターに固執する必要がない

ことに気づいて。

正直、日本の俳優との違いが韓国語をしゃべりまくるかキムチを旅行先に壺ごと持ってくるくらいしかない気がするし。

とは言えおばさんパワーというのは氷川きよし(まあ僕は嫌いではなくどちらかというと好きな部類だが)ブームといい恐ろしいもんである。

もしかしたら、石油エネルギー、原子力エネルギーのあとにはおばさんエネルギーが台頭するかもしれない。

もう電気もおばさんたちが作る時代が来る。

そしたら、CO2をたくさん排出する火力発電もなくなって温暖化も止まるし、原子力発電もなくなって人々は放射能の怖さにふるえなくてもよくなる。

車だって、おばさんが動かす。

エンジンがおばさんなわけである。

そしたら、またまた排気ガスは出なくなって(メタンガスに関しては知らんが)これまた酸性雨やらCO2やらの問題も解消。

あんまり食べずによく働くおばさんは「ハイブリッドおばさん」と呼ばれ名誉市民、もしくは国民栄誉賞なんかに選ばれちゃったりする。

おばさんが作るのはエネルギーだけじゃない。

景気が悪いときにはおばさん流行をうまく使って景気上昇を狙い、逆に好景気のときはおばさんのサイフのヒモをちょっぴりきつくしてもらう。

これがアダム・スミスの提唱した「神のみえざるおばさん」である。

というようなことを想像してみると

夢がひろがりんぐ

か・・・・?

まあとにかくおばさんを今民主党がやっているような団塊の世代を味方につけるように、味方に付けたら怖いんだぞという感じ。

まあとりあえず当面の間おばさん他中高年齢者の方々には

綾小路きみまろ

を推進していただきたい。

もうさすがにあのカツラを売りにした毒舌芸は不憫でたまりません。

どうもこんばんは。

ハン流ブームにのっかった韓国ドラマ放映をどうにかして「龍馬におまかせ」とか「女王の教室」とか僕にツボなドラマの再放送に変えてくれんかなぁと思って試行錯誤のブログ。

おばさんエンジンとか行ってリアルに気分の悪い想像をしてしまったので今日はこのへんで。

北斗の料理 (2006/04/02)
ヤフーに「ケンシロウの料理教室リポート」っていうのがあって

これは見なければ損

と思ったら、「ケンタロウの料理教室リポート」だった・・・。

おまえ誰?

どうもこんばんは。

非常に私的なことだけれど、古くからの友人と一緒に遊んだ。

僕は映画(北斗の拳)が見たかったのでほぼ強制的に駐車場があって映画が見れるところ、リバーサイドモールに行ってきた。

そしたら、北斗の拳すでに始まってて、それが最終だったので萎えて他のところへ行こうと「知らな~い~街を~歩いて~みた~い」的なノリでブラブラしとった(別に歩いてはおらんが・・・)。

そこで、僕がたしか近くに岐阜経○大学があることに気がついて、そういや

岐○経済大学ギフレンジャー

っていうのがHPであったなぁと思い出した。

それがどうやら今はHPがないので、見せれないのが残念なのだけれど、まあとにかくひどい。

酷いというより非道い。

はじめて見た僕は、

「あーやっぱり定員割れ大学はひと味もふた味も違いますなー」

と改めて恐ろしさに気づいたほどで、そんなこんなで僕の中には

「岐阜○済大学はやばい」

という認識があったので、ちょっと進入してみた。

進入したというよりは堂々と真正面から入ったのだけれど。

そこらへんはまあ小学校とかと違って不審者扱いをうけんので楽。

とりあえず岐阜という田舎なので広い。

駐車場もたぶん生徒が乗り入れても大丈夫っぽい。

春休みのさなかに来てもやはり生徒はおらんようで、もしかしたらさっき行ってたレンジャーの関係しとる人がおるかと思ったのだけど残念。

正直、あんなもんあったら僕にしてみたら恥ずかしいのなにものでもないが・・・・。

校舎とか結構きれいな感じで居心地よく、なかなか面白かったのだけれど、全部校舎が真っ白だと病院にしか見えんもんで少し入りづらい(まあ入ったが・・・)。

そのあと部室のある棟に行って、まあいろいろ見たけど結局面白くもなんともなかった(まあ強いて言えば棟の前に止まってたヤン車にギコ猫のぬいぐるみがついてたくらい)。

そんなこんなで、実際別にそこまで楽しんではないのだけれど、意外に他の大学に行ってみるのも面白いかもしれん。

まあそんな感じの日もあったよっていう話。
隣人愛なぞ説く男 (2006/04/01)
実家に帰ってから再認識したのだけれど、近所というか向かいの家とうちは仲はあまり良くない。

というか、うちはどちらかとまあ友好的な家柄なのだけれど、向こうのパパンヌと娘さんがどうもアレで、うちのオトンなんぞが挨拶してもガンガン無視のガン無視みたい。

他のご近所は僕は基本的にあったら挨拶なり会釈などしたり、たまに声かけられて

近所のおじさん「何年生になったの?」

僕「あー5年生ですね。」

近所のおじさん「・・・なんかごめん。」

僕「・・・」

というのはまあ半分ほんとのような嘘なのだけれど、とにかく近所付き合いはまあ悪くないだろう。

まあ他にもいろいろこっちでの不満というか「こんなんたまりません」ということは多いらしいのだけれどまあいいわ。

とりあえず、

挨拶されたら挨拶くらいはしなさいよ!

と。

関係ないが、僕が小さいときに、裏の家では喧嘩が絶えなかったみたいで、よく罵声やらモノが壊れる音がした。

そんななかでも僕は比較的良い子に育ったのかもしれん。

どうもこんばんは。

パチンコ依存で相談機関作るなら、ついでに株のタイムトレード依存の相談機関も作ったらいいんじゃない?と思う。

まあ僕には関係ないが。

もう一つ関係ないのが、お医者さんが延命処置を中止して安楽死させた件で日本尊厳死協会とかいうまああんまり縁を持ちたくないところに問い合わせが殺到してるみたい。

僕は是が非にでもというか岩にかじりついてでも生きたい方の人間なのでアレなんだけれど、

生き死にに尊厳もへったくれもあるの?

と思うのだけれど、まあいろんな意見があるみたいね。

というか世の中にはいろんな協会やら人の集まりがあるんだなぁと思った。

ちなみに日本インターネットエイプリル・フール協会っていうのがあったってのは去年の今日たぶん書いてたはず。

ところで、映画のほうの「69」を見た。

小説の方とちょっと話は変わったりはしょったりしたけど、やっぱ映画は映画として楽しめるなぁと思えるような感じで良かった。

結構妻夫木聡よりも安藤政信の方が気に入ってしまった(まあ映画のキャラもかなりあるが)。

音楽もクリームのホワイトルームがオープニングで流れたり、主人公(妻夫木)がドラムでやっているバンドもクリームのサンシャインオブユアラブとかやってて、まあそこも良かったと言えば良かった。

このころの時代に行ってみても僕は結構楽しめそうな気がする。

というまあ・・・・そんな感じ。

ちなみに僕はキリシタンでもないので隣人愛にはあまり興味はない。
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